*「お酒は二十歳になってから」の一年後、音也も二十歳になった捏造設定
嘔吐注意




初めて口をつけた液体は一度喉を熱くしたと思ったら、案外するすると体に入っていった。そのうちぽかぽかと暖かくなって、楽しくて口が勝手に緩んでしまう。

20歳になった誕生日では当然のごとく皆がお酒を飲ませたがった。飲んだことがないと言うと余計嬉しそうに。嶺ちゃんは新しいマラカス演奏法を披露してくれて、一人だけ歳の足りない翔はあと二ヶ月後をみてろよ!と言っていたっけ。そんな風に騒いで次の日は仕事で、去年のいつ頃だったか交わした「トキヤとお酒を飲む」って約束をようやく果たせる日が来たのは誕生日から数日たってからだった。


「きれい」

トキヤがこの日のために用意したらしい俺のためのお酒は真っ赤な透き通った色をしていてあまい果実の香りがした。「一杯目は少し手間をかけましょうね」と言葉通りにいろいろ調べて、作ってくれたんだろう。テーブルにはこのお酒と買ってきたチューハイの缶がいくつかと、ささやかな食べ物。
「お酒弱くなくてよかったですね」
「うん、なんか大人の飲み物ーって思ってたけどさ、ジュースみたいなんだね。でも焼酎?とかは、まだ俺には早いみたい」
ソファに肩を寄せて座ってトキヤの体温を感じながらグラスを持つ。
「では、貴方が大人になったことを祝って」
「かんぱーい!」

カツンと音がして液体が揺れる。とうとうこの日が来た!
これ見よがしに俺の目の前で酒をあおっていた大人っぽい彼の子供っぽい理由を聞いてからずっとこの瞬間を待っていた。
トキヤの思惑通りのようで少し癪だけど、綺麗な顔して得意げにもしくは一人で物憂げに、お酒を傾ける彼の姿に憧れを持っていたのも事実で早く追い付いて並びたかったんだ。
「トキヤのアドバンテージなくなっちゃったね」
「何を言ってるんですか。音也なんてまだまだ子供です」
ふふん、とトキヤが鼻で笑う。
「あれ?!言ってることがさっきと違う!」
「冗談ですよ。出会って、五年ですか。随分大人になった」

こんなセリフを、自分と一つしか年の変わらない奴に言われるのは不思議な感じがする。
「トキヤも、前から大人っぽかったけど、大人になったよ。でも一番成長したのは翔かな?背、伸びたし。まだグループの中では小さいけどさ」
くすぐったくて話題をそらすとするりと頬を撫でられトキヤの方を向かされた。
「悪いひとですねこんな時に他の男の話をするなんて。妬かせたいのですか?」
その指がいたずらに俺の首筋をなぞって鎖骨にたどり着く。
まだ、一杯目なのに。
声色や目の色がよく知る「酔っている時のトキヤ」になってきている。
それならと空になったグラスに二杯目をついで、自分も残っていたものを飲み干して、新しいのに口をつける。
歳を近づけて一緒のお酒を飲んで彼と並びたいのとは別に、
はやく、はやくと急く理由を、彼は覚えているだろうか。


『たくさんセックスしましょう』


『きっと、とろとろで気持ちがいいですよ。それまでお預けです』


思い出しただけでアルコールとは別にかっと体中の体温が上がった。あれは上機嫌のトキヤが口にした好奇心を煽る言葉だった。

実際にお酒を口にして納得した。
薄い暖かな膜につつまれるような幸福感と心地よさ、その上で彼と身体を合わせたら、トキヤの言うように気持ちがいいに違いない。
ただでさえ自分の身体は彼にひらかれることに慣れてしまっている。痛みなど遠くにおいてきてしまって上手に快楽を拾うのだ。

気持ちのいいことがしたい、っていうのは悪いことじゃないよね?


それらを受け身で考えてしまうことに男としてどうなのかと思ったこともあったけれど、声を上げるたび嬉しそうにするトキヤを見てしまったらもうどうでもよくなった。
全ての判断基準が彼だというのも俺らしくていい。
(そりゃ、トキヤに挿れたいですかと聞かれたらいただきますって思うけど)


「音也、ペースが早いですよ」
「そうでもないよ」
トキヤの声で気が付く、いつの間にか随分飲んでしまったようだ。
頭がぼうっとするけれど気分はいい。
「弱くはないと言ってもまだ限界が分からないでしょう?」
「大丈夫だって」
トキヤだって顔が赤い。もうそろそろいいかな。
「自分のことだから限度くらいわかるよ。それより」
「それより、なんですか?」
意味ありげに藍色と目を合わせれば、こちらが意図するものが伝わったようでトキヤがふ、と息を漏らした。
「何だと思う?」
「何でしょう」
「言わせたい?」
「言ってほしいですね。ふふ、上手におねだりしてください」

トキヤを焦らすようにゆっくり丁寧にグラスを置いてから向き合う。
肩に手をかけて、彼の耳元へ唇を近づける。トキヤが俺にするように息を吹きかけると眼下で長い睫がふるりと反応を返した。
普段はこんな媚びるような誘い方はしない。今日だけ特別だ。


「トキヤのこと気持ち良くしたい。舐めて、触って、突いて、俺のことも気持ちよくして」



「娼婦みたいですね。あは、似合っていない」
「なんだよー!人がせっかく!」
「いいですよ、上等です、素敵な誘い文句をありがとうございます」
笑い声と一緒に押し倒される。ソファの上の窮屈な姿勢をものともしないでトキヤが早急に俺のベルトに手を伸ばす、それでも脱がせるのも待ちきれないのか無理やり手を突っ込んできた。俺も、砂漠の中で水を見つけたみたいに我慢が聞かなくて彼の肩に噛みついて跡にはならないけど赤くなった部分に舌を這わせて、同時に彼の服をたくし上げてとにかくトキヤに触れたかった。
どうしよう、なんかもう、馬鹿になる。


そう思った時だった。

「…つぅ、えっ」
在り得ない不快感に眉をしかめる。
「音也?」
「とき、」
「音也!大丈夫ですか?」

きもちわるい。

がばっと起き上がって、口を急いで抑える。喉のところを何かがせりあがってくる、これは吐き気だ。
なんで今。行き成りのことで半ば混乱状態になる。
俺はすごく気持ちよく酔って頭もちっとも痛くなくて、これから大好きな人と、それなのに。
「吐きますか?トイレに行けますか?」
「ぅえっ」
「我慢しないで、ここで出しても大丈夫ですから」
無理に飲み込もうとしたのがばれて口から手をどかされる。よごれちゃう、やだよ。それでも意思と関係なく身体は正直で、まずいと脳が命令を出したときには、そのまま吐いてしまった。
「とにかく水をたくさん飲んでください」
「…うっ」
「大丈夫です、音也、大丈夫」
汚れた物ところを拭いて、水を持ってきてくれて、逆流の収まらない俺の背中を優しくさすってくれた。欲は成りを潜めて世話焼きの顔をしている。
これじゃあ本当によっぱらいだ。沢山食べてたわけじゃないからちょっとだったけど、格好悪いし情けない。
恥ずかしくって、うつむいたまま顔をあげられなかった。





*
「喉がイガイガする」
一度吐いてしまうとさっきのがなんだったんだろってくらい急にすっきりして、ようやく落ち着いた。
恐る恐るトキヤを窺う。トキヤは、綺麗好きなのに、距離をとるわけでなく何もなかったみたいに隣にいる。
「飴でも舐めますか?生憎あなたの言う辛いのしかありませんが」
「いいよ。それより、色々ごめん」
「構いませんよ」
「でもさぁ、俺もう20なんだよ?それなのに、こんな、トキヤの前で」
「そういう失敗をする方は沢山います。それに、一度失敗してしまえば次から気を付けられるでしょう。一緒にいたのが私でよかったですね」
「…だいたい、なんでだよ。急に気持ち悪くなって、俺びっくりした。前飲んだ時はそんなことなかったのに」
しょぼくれる俺の頭を彼の掌が撫ぜる。恋人というより、子供に触れるようなやり方で。
「アルコールが回る、というのは時間差があるものなんですよ。それに音也の身体はまだアルコールに慣れていません。それから、…興奮していたでしょう?一時的な貧血状態に陥って、よけい具合が悪くなったんでしょうね」
「そんなぁー」

それじゃあ、俺の行動は全部裏目に出てたことになる。
楽しくお酒を飲んで、それもできるだけたくさん、そしたらとろとろのくたくたになって、ちょっと意地の悪い抱き方をする上機嫌なトキヤと。
遊園地の約束をすっぽかされた子供の拗ねる気持ちって、きっとこんな感じだと思う。


「俺、お酒飲んでお前とえっちしたかったのに」

転がり出た本音はなんて間抜けな響きなんだろう。
「そんな機会沢山あります。それにしても、ふっ、はは、あははっ」
「笑いたいの、わかるけどさ」
「だって、可愛い。そんなことを、っ、はは、すみません」
トキヤの珍しい爆笑に、笑える気分じゃない俺は迷惑をかけたことそっちのけで口をとがらせた。飲んで、吐いて、かっこ悪い俺を、そんな風に笑わなくてもいいじゃんか。
「馬鹿に、してるんじゃないです。だって音也、わかりますか?そんな可愛い理由で、なんて、どれだけ私が愛しく感じているか」

「嬉しくない!」

優しげな手つきから、ぐりぐりと乱雑に髪を乱し始めたトキヤの掌のしたで、俺は抗議の声を上げる。
それさえおかしいのかトキヤはより一層楽しそうににわらって、最後には腹筋がいたいと息を切らせた。HAYATOだってこんなに笑わない。
俺はもう名実共に大人だというのにどうしてもこの人には勝てなくて、「仕方のない人ですね」とトキヤがしみじみ言うのにどっちが、と返すことで精いっぱいだった。