与えられた同じ部屋はお世辞にも共同生活とは言えないほど音也を一人にする時間が長かった。

同時期にデビューした割には仕事のオファーに差があり、流石長年この世界に身を置いていたことのあるトキヤとは明確な差ができてしまった。音也に実力がないわけではない、ただ運が大きく関わるためにすこし、「ついてない」だけだった。それでも強運に恵まれてこれまでを生きてきた音也にとって、がむしゃらに頑張っても進めないという状況は理解しがたく焦りがうまれる。自分はもうだめなんじゃないか。後ろ向きな気持ちになるのは初めてのことだ。
仕事帰りのトキヤはうっすらとその表情に疲労を見せているものの、満ち足りている。まぶしい、と太陽を遮るように音也は片手で庇をつくった。

「電気もつけないで何をしていたのですか」
「考え事」
「…そうですか」
別段気にした風もなくトキヤはぼんやりとベッドに座って曖昧な笑みを浮かべている音也を横目に、さっさと自分のスペースへ行きカバンの中から台本を取り出した。それが何の番組かは知らないけれどトキヤが出るならきっと評判を呼ぶ。歌だって。そうやってファンを集めて評価をされて、本人の努力に比例して、どんどん遠くへいくんだろう。
応援したい、でもファンじゃ嫌だ客席から手を伸ばすなんてごめんだ。
ペンライトを振る自分を想像して身震いした。そんなのは怖い。

「おいてかないで」

口にするはずもなかった言葉がもう胸の中では収まりきらないというようにこぼれでた。
細く弱い響きは遠い所へいってしまう母親にすがった時と同じ幼さを含んでいる。
「おいて行かないで」


(ひとりにしないで。あんまりはなれていかないで)
 




 
懇願する音也を前に申し訳ない気持ちになる。音也の置かれた状況は知っていたし、歯がゆいだろうとも思う。
それが芸能界だと言ってしまえばそれまでの、理不尽な世界なのだから。元来は明るく突っ走る性格の彼が今だけ弱気になっていて、抱き締めておいて行かないと口にして身体を優しくひらいてやれば良い、そして慰めてとすがる彼に欲情することくらい容易なことだった。音也もそれを望んでいる。


「おいていきますよ」
「え」
「私は、おいていきます」
申し訳ないと思う、彼がようやく見せてくれた弱さのために譲ってやれない自分が。


「――貴方が私を追ってこないのなら」

ぱたん、碌に頭に入っていなかった台本を閉じて今度こそ音也と向き合うと先ほどまで自信無げに揺れていた瞳はそらされることなく見つめ返した。トキヤはその赤い瞳に強い意志を見つけて、満足げに口角を上げる。


「追ってくるでしょう?」