時間がたつにつれて臆病になっていく。
謝って、それでも拒絶されてしまったらと思うとますます何も言えなくなり言葉がぐっと喉に詰まってしまう。
もう数日挨拶しか交わしていない。

「考えすぎではないのか?一ノ瀬がそんなことで、そこまで怒るとは思えないのだが」
「うー…。そうかなぁ」
「だが一ノ瀬も一ノ瀬だな。一十木が謝ろうとしてるいのが分からないわけがないだろうに」
「マサぁ」
「何にせよ謝る他ないな、不安は時間がそうさせるのだろう。このままだともっと言いづらくなるぞ」
「そうですよー。早くごめんなさいした方がいいです!」
「うん、俺頑張るよ。マサ、那月、ありがとう!」

けれど単純なもので、励まされると気持ちが明るくなった。
不安が全て払拭された訳ではないが、信頼のおける友人が言うなら信じてもいいんじゃないだろうか。
どうしてトキヤのことになると一喜一憂したり疑心暗鬼になったり、怖くなったりするんだろう。喧嘩したのが翔だったら、きっと無視をされても許してくれるまで謝り続けた。今回は俺がトキヤが怒ってるのに気づくのが遅くて間が空いたっていうのもあるけど、それにしても。

「音也くんはトキヤくんが大好きなんですねぇ」
「え?」
「色々考えてしまうのはそのせいですよ」

心の中を読まれたようなタイミングだったので驚いた。
真意を読み取ろうと那月を見ても、にっこりと笑って、そういえば、と話題を変えてしまった。

ええと。

――トキヤのことは好き、だと思う。そもそもあんまり嫌いな人なんていなかったりする。
でも那月が言ってるのはそういうことじゃない、のかな。
首を限界まで傾げながら、懸命に答えを探す。俺にない冷静なところとか、一見冷たそうなのに案外熱血なところとか、あと歌がすごく上手いところとか、口うるさいけど世話焼きで優しいところとかを好きだと思う。尊敬してる。一方で、負けたくない。嫌われたくないし、ずっと一緒にいたい。そうそう、だから今こんなに困っている。信頼――…もしてるし、出来たらしてほしい。
トキヤは俺の特別だ。


「あ」
「どうした」
「音也くん?」
「那月、俺わかっちゃったかも」

はじき出した答えがあまりに単純で、ただその幼さが恥ずかしい。
嘘だろう、こんなの、俺って今いくつだよ。

「…顔が赤いぞ」
「ほんとです、たこさんみたいになってますよー」

顔を覆っても、耳まで赤くなっているから隠せそうもなかった。
心配するマサや那月になんでもないから大丈夫だと言って、足が向かったのはSクラスの教室。
廊下を走りそうになる自分をどうにか押さえながら、心臓はせわしなく打ち鳴らす。もうすぐ次の授業が始まる時間だが、それよりも早くトキヤに謝りたかった。





「トキヤ!」


丁度席に着こうとしているトキヤを見つけて廊下から大声で呼んだ。声に反応した彼は呼んだ相手が音也だとわかると表情を変える。それは音也でも音也でなくてもするだろう表情で、その他大勢と同じ扱いに大げさなほどへこんでしまう。「あなたですか。そんなに大きな声を出さずとも聞こえます」なんて小言も今はない。

不思議と、状況を伺う人の目は気にならず、そのまま大きく息を吸う。


「ごめん、なさい!」

叫ぶと同時に頭を下げた。廊下と教室とを隔てる窓枠にぶつかりそうになる。
トキヤははた目にはわかりづらいが、突然の謝罪に目を見開いた。


「でも俺トキヤに嫌われたくないよ!だからごめんなさい!」




訪れたのは変な沈黙で、音也のセリフからどうやら喧嘩をしていたらしい、
しかも相手は一ノ瀬かと把握し始めた周囲は無言のまま音也とトキヤの両者を交互に見詰める。


(もしかして俺また失敗しちゃった?!)



これではトキヤに迷惑が掛かってしまう、というか、現在進行形で迷惑をかけている。わたわたと見回してもどこかにカンペがあるはずもなく、それどころか廊下の向こうから先生がやってくるのも見えた。授業開始までもう時間がない。
「えっと、じゃあまた部屋で!なんかごめん!」
トキヤの返事を待たないまま自分のクラスへと走る。すれ違った時に廊下は走るなと注意されたが、
どうしても急いてしまうのだった。




「…おやまぁ、あれは可愛かったね?」
ざわざわと音を取り戻し始めた教室で、周囲と同様に状況を見守っていたレンが口を開く。
「けど、あそこまで追い詰めたのはちょっと意地悪じゃないかい?」
「そうだそうだ!もっと早く許してやればよかっただろ、あいつ馬鹿なりに悩んでたんだぜ」
「仕方ないでしょう!」

トキヤが声を荒げる、らしくない様子にレンと翔に疑問符が浮かぶ。音也から話を聞く限り、トキヤには何か考えがあって(もしくは相当根に持って)こじれているのかとばかり思っていたが、もしかして。


「私だって…。ですがどうしたらいいかわからなかったんですよ。こういうのは音也の方が得意なはずなのに態度が変でしたし、そうこうしているうちに私からは言い辛くなってしまって」

仕方ないでしょう、同じセリフを繰り返すトキヤは心なしか赤くなっている。先ほどの音也もなんだか同じような状態だったのを思い出す。
拗ねたはいいがきっかけを失って途方にくれてしまった少女のようだ、とレンは思った。
仲直りしたいのにやり方が分からない、とべそをかく少年のようだ、と翔は思った。
「お前らなぁ」

音也、トキヤに続いて本日3回目の、しかし一番大きな声がクラスに響く。
変だとは思っていたのだ、いくらなんでも拗れすぎだろうと。それがなんてむず痒い。
翔が両腕をこすりながら力いっぱい叫けぶと、こらえきれなかったのかレンが吹き出した。



「そんなのは、中学までに済ましとけ!!」





『beginners!』
(友人ならいつだっていたけれど、特別なのは君が初めて)