*学園を卒業して一年目


16歳になる今年は特別な年でなんと夢だったアイドルとして働いている。その上シャイニング事務所の後ろ盾は強力で新人だというのにスケジュールは順調に埋まっていた。
そんな中訪れた俺の誕生日に、学園を出て一人暮らしを始めたトキヤの部屋の前で待ちぼうけ。


「少し待っていていただけますか」
「いいけど、部屋が汚いとか?俺おおらかだから気にしないよ!」
「貴方と一緒にしないでください」

ぱたん。人をよんどいてそういったトキヤはすげなく扉を閉める。
あれ?祝ってくれるんじゃないの?言い方もそっけないよ!とドアスコープを見つめる。
ここから覗いてもこっちからじゃトキヤは見えないんだよなぁ。

一年前の今日、俺とトキヤはまだこんな関係どころか友好な関係ですらなかった。出会ってから11日しかたってないから仕方がないけど、それにしてもとっつきにくい態度だったと思う。たんじょうびなんだよ、と言ったら『そうですか、おめでとうございます』と表情も変えずに言葉だけで祝ってそれがあまりに他人行儀な響きだったので同じ言葉でもこんなに違って聞こえるのか、もうちょっと心を込めてくれてもいいのにと苦笑した。贈られたのは彼がいつも携帯しているのど飴の一部、ミント味のそれが幾粒か、これで充分でしょうと言ったくせに次の日何かをくれた。
…何をくれたんだっけ。事務的な音と飴玉が印象的で思い出せない。
コンビニの袋に入った、なんだっけ、えっと、あ、スナック菓子。
スナック菓子なのに、チョイスされたのは野菜味とかだった気がする。



おっかしいよね、そんなトキヤがいまでは。
「お待たせしました。どうぞ。…嬉しそうですね」

――今では、たった一人の大好きな人だったりするんだから。

「うん、嬉しいこと思い出してた」
「こんな日に私以外のことで喜ばないでください」
「トキヤのことだよー」
「それならかまいません。ほら、手を」

恭しく手を差し出されてそこに重ねる。部屋は電気を消されて真っ暗だった。暗闇だからと言って躓くほどこの部屋に来た回数は少なくないけどロマンチストなトキヤがそう扱いたいなら、乗っかってやってもいい。
「子供っぽい演出ですけど、笑わないでくださいね」
「笑わないよ!トキヤがしてくれることなら、なんでも嬉しい!」
メールの一通しかなくたって嬉しいと思う、ほんとだよ。

短い廊下を渡ってたどり着いた居間にも電気はついていなかった。カーテンの向こうから外の光と、テーブルの上で揺れるろうそくの灯り。2ピースのケーキ。テーブルを飾る折り紙で作られた輪っか。
「…トキヤお誕生会してくれるの?」
「そう、です。皆さんとのパーティで食事があることは知っていたので、ケーキだけでも。そのケーキも本日二回目ですが」
「食べる!」
「よかった。クラッカーもありますが、ならしますか?」
「ならしてならして!」

暗闇の中トキヤがクラッカーを引く。軽快な音と共に中の色紙が俺に向かって飛んできてこの部屋のわずかな灯りを反射してキラキラと床に落ちていく。肩に残ったピンク色の薄い紙をトキヤが払ってくれた。
「お誕生日おめでとう、音也」
「ありがとうトキヤ!」
目元に小さくキスをされて、俺はお返しに彼を抱きしめる。
「このまま離したくないのも本音ですが、それでは蝋燭が溶けてケーキが台無しになってしまいますからね」
「あまーい」
「甘いですよ、貴方の誕生日ですから」
「扉締める時もそのくらい言ってくれたらよかったのに」
ちぇっと口をとがらせても特に小言はなく、椅子まで引いて「誕生席」にエスコートされる。テーブルの上の苺のショートケーキはトキヤの誕生日のイメージなのかな。

「…トキヤ、これ。買ったの?」
そのケーキの上には蝋燭と、もうひとつチョコレートのプレートが乗っていた。決して珍しいものじゃないけど最後に見たのがいつなのかはわからない。
「四月生まれおめでとう、だったら、たくさん見てきたんだけどなぁ」

『おとやくん おたんじょうび おめでとう』
小学校に上がる前の子供に用意されるようなひらがなでかかれてあった。
「歌もうたいますから聞いてください。終わったら吹き消すんですよ?」
多くの人がうっとりと目を細める神様からもらった声に誕生日の曲を歌わせて、それを独り占めしながら滲みそうになる視界を堪えるのが精いっぱいだった。トキヤの言う、子供っぽい演出、そうかもしれない。だけどもう何年も欲しかった俺のための誕生日だった。
どうしてトキヤはわかるんだろう。ゆらゆら、揺れる火が記憶をあの日へと連れて行く。

いつだって楽しかった。月の初めにあるその月生まれの誕生会。沢山の人が祝ってくれて、もちろん当日にも言葉をくれる。
だけど用意されるケーキのろうそくを自分だけで消してみたいとか、歌詞の一部を「みんな」じゃなくて、「音也」ってしてほしいとか、プレートに名前が欲しいとか、そんなことを考えていた。意識しなければ自分でも気が付かないほどの小さな願いだった。

to you、で歌が終わり目の前のろうそくを吹き消すと一人分の拍手が響いて
もう一度おめでとうございますとトキヤが言った。

「あり、がと」
「音也?」
なんとか絞り出したお礼にトキヤが不思議そうに見てくる。そこには不安の色が浮かんでいて申し訳なくなる。
「…失敗だったでしょうか」
「ちが、うれし、うれしいから」
嬉しすぎて言葉が出てこないんだよ。
俺馬鹿だから、たぶん一生懸命考えてもこれに見合う表現なんて出てこないかもしれないけど。
「なら笑ってください」
向かい側からぽんぽんと頭を優しく撫でられて涙をこらえるどころか余計に胸が締め付けられた。でも泣くなんてかっこ悪いっていう男のプライドでぐっとお腹に力を入れて耐える。


「かなえてくれて、ありがとう」
「…何が、ですか」
「ううん、ひとりごと。俺早くケーキ食べたい!」



電気をつけて一瞬で明るくなった部屋で向かいに座ったトキヤと目を合わせて、笑った。そのときどうしても耐えられなかった一粒が目から零れ落ちたけど言わなくてもそれがうれしいからだってトキヤもわかったみたいでただ優しく泣き虫ですねと目元をぬぐってくれた。



愛されていないなんて思ったことはない。
育ててくれた母さんは何度もあいしていると頭を撫でて抱きしめてくれたし加えて彼女は、俺を産んんだ人も同じく愛していたことを忘れないでほしいと繰り返したので、俺は初めて空気を吸って声を上げた日、きっと彼女に抱かれたのだと信じている。『わたしのところに、このせかいに、うまれてきてくれてありがとう、おとや』声も知らないその人が微笑んであるいは喜びで涙を流しながら俺の小さな小さな命を、抱きしめたに違いないと信じているのだ。
施設に入ってからも先生だって友達だってこの日はおめでとうって心から言ってくれる。俺は愛されている、必要とされている。なのに足りないって思うのは我儘だとずっと思ってきた。

「トキヤ、今日カロリー計算狂っちゃったね。明日から運動しなきゃ」
「これを含めて計算していますのでご心配なく」
「そうなんだ」
「そうですよ。…来年はどうしましょうね」
「もう来年?なんでもいいよ。言葉だけでも、トキヤがいてくれたら、いいよ」
「きっと大変ですよ。あなたも私も仕事に追われてなかなか休みは取れないかもしれません」
「そこまで考えてるの?」
「考えますよ、これから毎年。当然です」
「トキヤって、ほんとにトキヤだなぁ」
「どういう意味ですか」
「俺を喜ばせることばっかり」

我儘だと思ってきた、今日まで。それなのにトキヤといると、砂浜の貝殻を見つけて拾っていくように、欲しかったものひとつひとつを丁寧に救い上げてかなえていく。
そのたびに忘れていた寂しいって場所が埋まっていくんだ。
「ありがとう、トキヤ」
小さな音也の望みをかなえてくれてありがとう。来年の約束をくれてありがとう。
今日この日に俺のそばにいてくれてありがとう。

「だいすき」





貴方を好きになってもういちど、産声を上げた気さえする。
Happy birthday for Otoya!2012/04/11