肉まんが食べたい!しかもコンビニのがいい!と音也が声を上げたのは、もう二人が入浴を済ませてしまって、就寝までのわずかな時間をお互い好きなように過ごしていた時だった。
「何を馬鹿なことを言ってるんですか、明日になさい」
「えーだめだめ、なんか口にしたらもっと食べたくなってきた、我慢できない」 「大体もうこんな時間ですよ。それに外は寒いでしょうね、音也あなた昼間でさえぴーぴー言ってたじゃないですか」 「そうなんだけど、しかたないじゃん。ちょっと行ってくる!」 CDを聞きながら床をごろごろとしていた彼は俊敏に立ち上がって、暖かい部屋から外へ出る準備を始める。 クローゼットからファー付きのコートを取り出して手袋と、お気に入りだと言っていたマフラーを身に着けた。防寒のためにもこもことしていく音也、勝手にすればいいと思うのに、気が付けば私も行きますと口にしていた。 (こんな馬鹿を暗い中外に出して、事故にでもあわれたら困りますからね) 「さっむい!」
真っ暗な夜道は人どころか車の往来もなく風の音だけが耳について、街灯の明かりが点々と道を示している。見上げれば夏ほど力強くなくとも存在を主張する星が見えた。そんな中たかだか食べ物のためだけに外に出ようとするなんてやっぱり意味が分からない。おまけについてきた自分も、訳が分からないとため息をつくと白く空に昇っていく。 「あーもう、早く買って帰りますよ!」 寒さで体を縮こませながら早足で音也の前を歩く。 「別についてこなくてもよかったのに」 「なっ」 「いいけどさ。なんかデートみたいだよね、手つなぐ?」 思わずあたりを見回したが、やはり人の姿はない。このあたりには学園くらいしかないのだから生徒がいなければそうなるのは当たり前だった。それでも何があるかわからない。音也が隣に並ぶのを待って小声で諌めた。 「何を言ってるんですか。ここがどこだかわかってます?」 「ちぇー」 「私は!とにかくあなたの馬鹿な目的を早く達成して帰りたいんです」 「馬鹿馬鹿ってトキヤひどい。肉まんもいいけどピザまんもおいしいよね。トキヤはどれが好き?」 「どれもお断りです。しかもこんな時間に食べたらどうなることか」 「気にしすぎだよー。トキヤちゃんと筋肉もついてるし余分な肉ないじゃん。あ、赤」 言葉通り信号は赤を示している。
歩くのをやめると余計に寒さが身に染みた。鼻の頭や耳の先が痛いくらいだ。追いうちをかけるような突風に思わず目をつぶった。こんな底冷えでは明日あたり雪が降るかもしれない。 どうしてなんとしてでも彼をとめなかったのか。いや、そもそも突拍子もないことを言い出したこの男が悪い。 「トキヤは横断歩道の白いとこだけ歩いたことある?」 手袋の上から息を吐きかけて温めながら、そんな後悔など知らず音也が尋ねる。 「・・・何のためにそんなことするんです」 「何のため、っていうか。子供のころ白いとこだけちゃんと歩けたら今日の夕飯はカレー!とか、そういう自分ルールみたいなの作ったりしなかった?」 「しませんね」 白と黒で出来ている横断歩道の色を意識したことさえなかったと思う。だが確かにそういう遊びをしている子供を見かけたことはあった。「できなかったら負けだからな!」と渡る子供たちと同系統の遊びだろう。 「トキヤって小さいころからトキヤだったんだなー。俺子供のころお前と会ってたらなかなか友達になれなかったかも」 「何ですかその言い方は」 「本ばっかり読んでないで外でサッカーしようよ!っていってもほっといてください、とか言いそう」 「・・・言うでしょうね」 「ほら」 反対側の信号が点滅し始めた。もうすぐこちら側が青になる。 「ここで俺ルール!白いとこだけわたりきったら、トキヤが手をつないでくれる」 それを待たずに一番手前の白線に足を乗せた。長めのマフラーが動きに合わせて跳ねる。 「条件が簡単すぎるでしょう」
歩幅の小さい子供なら跳び撥ねなければ届かないかもしれない白と黒の間は、15歳の音也には簡単すぎる。 「やっぱだめ?」 自分の魅力をわかっているのか、いないのか。トキヤの弱い角度でお願いをする健気な様子はあまりにも可愛らしくて、 結論は出ているのに一度は否定した手前わざと考えるふりをしてから渋々という顔で了承した。何が何でも「わがままに付き合っている」自分を保ちたいのは、彼に弱すぎる自身が悔しいからだ。 「仕方がないですね」 「やった!」 差し出された左手に右手を重ねて、望んだとおりにしたはずなのに音也は納得がいかないという表情をする。 「手袋邪魔かも」 「ですが寒くないですか」 「つないでたらあったかくなるよ」 彼は片方の手袋をとるとトキヤの片手も同じようにぬきとった。触れた手は指先にいくにつれて冷たい。つなげる前にトキヤがその手を両手で挟んでこすり合わせると音也は嬉しそうに笑った。 そうしてつないだ手を緩くゆらす。 「かえりは、わたりきったらキスにしよう」 「良いですけど、部屋に帰ってからですよ」 「トキヤはどうする?」 「私もですか?・・・そうですね。では明日の朝コーヒーを淹れてください」 片方だけ手袋を外したちぐはぐな恰好で手をつないで二人で歩く、こんな冬の夜もそう悪くもないと この時間が少しでも長くなるようにどちらともなく歩調を緩めた。 |