「時也」と「オトヤ」は小学生からのライバルで勉強にスポーツに給食の早食いに、なんでも競ってきたらしい。その二人は高校生になり一人の子を好きになる。哀しいかな、それは同じ女の子で、恋のライバルにもなってしまう。彼女はタイプの違う2人のアプローチによろめきながらときめきながらやがては一人を選ぶ、さて最終的に彼女を手に入れるのはどちらなのか、こうご期待!!




という内容の台本を見た時随分と有名になったなと思った。「時也」も「オトヤ」も、実はほかにも「正人」や「連」もいるのだが彼らは自分たちとあまり変わらない性格をしていて、これは「ST☆RISH」に与えられた企画物に近いドラマだった。
話数が進むうちファンの間でも「彼女は絶対時也におちる!」「いやオトヤだって!」というように論争は激しさを増し、同時に評判も呼ぶ。
そんな中、今日は「オトヤ」が一歩リードして「時也」に宣戦布告をする回の撮影だ。


「緊張する!」
「今更ですか?」
「だって今日大事じゃん!これで二人の間がはっきりするっていうかさ」
早めに現場について挨拶をした後トキヤと並んでスタートを待つ。カラーペンでチェックされた台本をぱらぱらとめくっている彼は胸のあたりをぎゅうとつかんでそわそわしている自分と違って余裕だ。
「読み合わせの時のようなふぬけた顔はしないでくださいよ?」
「うん、頑張る」
「本当に大丈夫なんですかね…」
大人になったよね、と褒められることが増えても演技の経験の浅い俺は固い表情を長く持たせるのが苦手だった。オトヤは俺より年下の高校生なのに俺より大人っぽいところがあって、今日の撮影ではある程度男っぽさ、…オスっぽさ?が求められる。それができなくて部屋で練習した時に何度もトキヤに注意をされた。
「それじゃあ彼の覚悟が伝わってきませんよ」とか。

俺の台本で一番明るい、オレンジの線のひかれた大事なセリフを口に出してみる。
「…彼女が好きなんだ。俺お前には絶対渡さない」
「声が甘いです」
「…彼女が好きなんだ!俺、お前には絶対渡さない!」
「叫べばいいってものでもないでしょう」
「本番前にそんなこと言うなよー」
「ましにはなりましたよ、でも私から見たらまだまだということです」
「ちぇっ、トキヤきびしい」





夕暮れ時の学校の階段で勢い余って、彼は柔らかい身体を力いっぱい抱きしめる。
「きゃっ」とかわいらしく、台本通りに彼女が驚きの声を上げた。
女優さんの使っている香水だろうか、良い香りがした。長い髪が心地よくくすぐって抱きしめた彼女の肩越しに彼をみる。
女の子とこんなに距離が近くなるのは今やこういう時しかない。なんせ俺が普段抱きしめている体躯といったら程よく引き締まって筋肉のついた硬い、今まさにこちらを向いて驚きの表情から悔しそうな顔をした(という演技をしている)一ノ瀬トキヤその人なんだから。
でもそれは、置いといて、
勢いで抱きしめてしまったオトヤはその感触に思いを募らせる。こんな愛しくて柔らかなものを絶対に自分のものにしたいと思う。だけどオトヤは怖い。時也がどんなにいい奴でどんなに優れているか、誰よりも知っているから、誰よりも近い友人だったから。お前だけには取られたくない。その気持ちはよくわかるんだオトヤ、俺もなんだってトキヤには負けたくない。
セットや空気の効果だろうか、何度やっても掴めなかったオトヤの気持ちが形を成していく。
(こんなに大好きな人を、彼に奪われたくないよな)

やめなさい、とトキヤが止めにかかるより早く視線を合わせて牽制した。紫の瞳が静かに怒りをたたえている、彼が、怒っている。「私の好きな人に何をしてるんですか」って怒ってる。そんな彼女が腕の中にいることを挑発するみたいに薄く笑った後、ずっと真剣な声と顔でするりと言葉が出てきた。



「お前には渡さない」



絶対に。







「カット!」
「音也くん、痛いよー!」
「わっごめんごめん!」
演技終了の合図があってすぐ、抱きしめたままだった彼女から抗議の声があがってもぞもぞと距離を取られる、どうやら、思っていた以上にきつく抱いてしまっていたらしい。
俺は大して動いてもいないのに充実感で息が上がってどきどきした。うまく演技できた自信がある。
どうだトキヤ!

駆け寄ると顔をそむけられた。何その反応。
「トキヤ?」
「…あなたいつの間にあんな表情ができるようになったんですか」
「あんなってどんな?」
「…」
「あー、トキヤ負けたって思ったんでしょー?」
からかうように彼の頬をつつくとものすごく嫌そうにうなずいた。負けず嫌いだね、トキヤ。
(オトヤ、俺うまく時也に宣戦布告できたみたい)

「…次はトキヤの番だね」
「ええ、理性的な彼があなたにつられるような形で、感情のまま訴えかけるシーンですね、覚悟してなさい」
「いいよ」

そこで俺はうんっとわざとらしく、俺のできる最大限の挑発でトキヤを煽る。
「かかってきなよ、ダーリン?」