*早期予約特典カレンダーネタ



夕暮れのこと、目をつぶって夢を見ている男はとても幸せそうだった。Tシャツにジーンズというラフな格好で一番日の当たる場所に無防備に転がっている。くるりと寝返りを打てばフローリングの跡が頬についていた。夕日を浴びて橙に染まる髪に近づくとおひさまの匂いがした。トキヤはなんだか満足をしてふふ、と笑えば答えるようにんーと曖昧な声が聞こえた。
寒くはないのかと心配したが、暖房はついていたし、どうやら暖かい場所を探しながらここに落ち着いたようだった。その証拠に彼がいつも身に着けているヘッドホンは日の傾く前、最も照らされていただろう場所に置かれて影を延ばしている。辺りには雑誌が散らばっていた。音楽を聴きながら雑誌を読みうたた寝をして、ごろごろと動いてきたのだろう。

まだ起きない。
うつ伏せで肘をついて、反対側からトキヤは音也を眺める。この幸福そうな男が自分のものであるということがいまさら嬉しかった。
どんな夢を見ているんですか?
その夢に私はいますか?
ねぇ、おとや。


体重のかかった肘が疲れて二、三回左右を変えたころゆっくりと瞼があいて、トキヤの姿をみとめるとへらっと笑った。目をこするしぐさは幼い。
「…おはよぉ」
「おはようございます。といっても、もう夕方ですが」
「いつからいたんだよー」
「さて、いつからでしょう。気持ちよさそうに寝ていましたね」
「見てたんだ、ときやのエッチ」
「何を言ってるんですか。色気のいの字もなかったですよ」
それは、夜ねと音也が言う。おかしくなってトキヤはくすくす笑う、二人だけのかすかな音は少しだけ響いて柔らかく空間に溶けた。見上げてくる目と目を合わせながら、そうか許されているからだとトキヤは思った。音也に、この距離を許されている。この男が目を開けて一番に映すものであることを許容されている。
だからあんなにも、見ているだけで、暖かな気持ちになるのだと。

「…トキヤお日様の匂いがする」
トキヤの白いカーディガンを引っ張って中のTシャツにすんすんと鼻を寄せる。
「それは私も、同じことを思っていました。あなたも同じ匂いがします」
「嗅いだの?!」
「嗅ぎましたよ」
「なんかさ、日干しされたお布団みたいだよね俺たち」

これが布団なら、飛び込んでもいいでしょうか?
一ノ瀬トキヤにしては間抜けすぎる言い訳を浮かべながら今日一日太陽を浴びた暖かい身体のお腹辺りに顔をうずめた。呼吸をするたび笑うたび声を出すたび上下する。この生き物に許されている。
「…事実にくたくたになってしまいそうです。幸せすぎる」
「何の話?」
「こちらの話です。音也、夕飯何にしましょう」
「カレー!トキヤの!」



窓の外茜色の街の奥で確かに夜が息づいている。それでも陽のあたる時間が長くなっているから。
ああ、もうすぐ春が来る。