*音也独白過去話




まっしろい色が強く頭に残っている。

部屋も人もそこに溶けるように母さんも。
細いきれいな、やっぱり白い指で俺の頭をなでながら「恨まないでね」と言った。
貴方を置いていってしまった本当の両親も、これからあなたを置いていく私も、あなたに降りかかる困難の全ても。
どうか恨まないでね。
「神様はおそばにいらっしゃるから」と。

彼女は恨まなかったのだろうか。大切な姉を孕ませた挙句姿を消した男や理不尽に命を奪われる自分の人生を一度も憎らしいと思うことはなかったのだろうか。

「だけど優しい人ばっかりだったし良くしてもらったし俺は全然さみしくなんかなかったよ」

そういって笑ってみせる自分の言葉も、果たして本心だっただろうか。




「…本当は、捨て、捨てたことあるんだ形見なのに、どうしてってどうして俺だけって投げ捨てて、踏んで、普通のことがうらやましくて。手をつないで家に帰る子供が、そんなの見るたびに俺はかわいそうな子だと思った。施設の子が夜に泣くのもたまらなく嫌だった。有名になって、俺のこと知ってほしい、そんなの嘘なんだ、罵ってやりたい。お前のせいだ、お前が置いて行ったからって。どうして誰も俺を連れていってくれなかったんだって」

恐ろしいほど美しい夕焼けだった。
赤く赤く染まっていく世界であまりにも一人ぼっちな気がして大事にしていたはずのそれを地面に投げつけた。周りでは音也のことなんか誰も知らないみたいにさよならまたあしたと笑いながら挨拶が交わされて、手をつなぎながら、あるいは母親のスカートに砂で汚れた手で甘えながら、たった一人で帰路につく子どもでさえ暖かな家へ帰るのだ。
自分の影に落ちた十字架がひどく憎らしく思えて力の限り踏みつけた。あの時自分は何を叫んだのだろう、いくら暴言を吐いても誰もこたえてはくれなかった。

砂とちぎれた草にまみれて、光沢を失ったそれを見た時ふと我に返る。
公園に備え付けられた水道で洗い流しながらごめんなさいと言った。母が残した唯一のものをこんなふうにしてしまうなんて自分はなんて悪い子なのだろう。
日がもうじき沈もうとする夕と夜の中間の時間はまだ半袖だった音也には寒くて砂を洗い流すうちにすっかり冷えきった指で祈りの形をつくった。

誰に謝って誰に祈ったのか。
音也は今も昔も神様を信じているわけではないけれど自分に罰を与えるならそういう存在しか思い浮かばなかった。
あの日からずっと許しを乞うている。


「自分でも馬鹿だって思うんだ」




かみさま。

ねぇ、かみさま。


真っ白い部屋、真っ白いシーツと白い指、顔も思い出せないその人は短い命を知っていていつも優しげに微笑んだ。
音也はその人と歌うことが好きでその人に撫でられるのが好きでその人が大好きだった。
「うらまないでね」と口が動く。


僕がわるいこだから多くを取り上げたのですか。
何度反省すれば僕にかえしてくれるのですか。
ぼくはかえるいえがほしい。てをつないでくれるあたたかいひとがほしい。
だきしめてくれる、いいにおいのするひとが、そばにいてほしい。


優しい人の優しい願いに
何と返事をしたのかは、もう覚えていない。