あたたかい夢をみていた。

やわらかいもの、きもちのいいもの、いいにおいのするもの。
そんなものに抱かれているような、夢だった。

目を瞬くと朝が来ている。柔らかい日差し、ぼんやりとした視界が線をむすんで自分を拘束する腕とその持ち主をとらえて、まだ眠りの中にいる端正な顔に知らず笑みがこぼれる。早起きな彼の眠っている姿を見る機会はそうなかった。自分に見せてくれる無防備さがくすぐったい、幸せな夢がみれたのも、トキヤのおかげだったんだね。
納得しかけて記憶をたどる。


…なんでトキヤがここにいるの?

この部屋にトキヤのベッドはない、ここは同じ部屋に帰っていた学生のころとは違って音也だけに用意された場所だった。学園にいた時だって寝ぼけてベッドを間違える音也と違い、トキヤが音也のベッドにもぐりこむことがあったのは、「そういうこと」をした時だけだったから、この状況はとても信じられない。
まだ夢を見ているのかと思っても、伝わってくる体温は現実だった。

(まぁ合鍵は渡してるけどさ)

つまりそれを使って入ってきたということだろう。他人が侵入しても気が付かないなんてちょっと俺も抜けているかもしれないけど、普通、熟睡してたらそんなものだと言い訳をしてみる。
「…ときやー」
拘束は解こうと思えば容易なほど緩かったが、どのみち動けば起こしてしまうので声をかける。
んん、と眉を寄せたかと思うとゆっくりと瞼が開く。藍の目が自分を捉える瞬間を目の当たりにして、きっと美しいというのはこういうことを言うのだろうなと思った。自分の目がもしフィルムになるのなら、焼いてしまって何度でも再生したい。
「ごめんね、起こして。でもトイレいきたいんだけど」
「そうですか」

珍しいことは続くもので、目覚めに強いトキヤのはずなのに、ぼんやりとした応えをよこしてまた眠ろうとする。そんなに疲れているのなら寝せてあげたいけれど生理的な欲求はそう簡単には無視できない。
「トキヤ、トキヤってば!俺トイレ行くよ?いい?」
「…だいじょうぶです」
今度は目も開けずに言葉だけが帰ってきた。なにが、どう、大丈夫なの。突っ込みたいのを堪えて腕から逃れる。
包む厚みを失った違和感からかトキヤが音也のいたスペースをぽんぽんとたたく。それはその場所にあるものを確かめているようにも、ここに来いとねだっているようにも見えた。一連のやり取りと動作が歳が一つ上の、それよりもっと精神年齢が高いのではと常々思っていた彼にしてはとても幼くて、音也は親になった経験はないけれど子供を愛しいと思うのはこういう感情のような気がした。

「おとや」
「なぁに?」

思わず音也も子猫や赤ん坊を相手にしているような声色になる。

「かえってくるんですよ」

もう一度ぽんぽんと、同じ動作をする。それから何かを呟いて、それは彼が完全に眠りに落ちるのにつれて不明瞭になり、音也にはわからなかったけれど。子供みたいなのはトキヤの方なのにまるで外出する小さい子供に言い聞かせるような口ぶりだった。
音也は誰も見ていないのに口元を覆う。
もう、自分はどれほどだらしのない表情をしているだろう。
ふにゃりと緩む口角がちっとも戻らない。トキヤ、トキヤ、かわいいね。


向かう先はトイレだなんて夢やロマンもない日常で、ちょっとトキヤが珍しいだけで特別なことなんて何も起こってない。だけど暖かいものが後から後からわいていてきて駆け出したいような踊りだしたいような気分になった。

「…好きでよかったなぁ」

やわらかいもの、きもちのいいもの、いいにおいのするもの、おおよそまあるいかたちをしてるもの。
そういうものを集約したらきっと今日みたいな朝になる。その中心にはいつもトキヤがいるんだろう。
あやふやな未来にひとつの確信をもって、
こぼれたのは誰にあてるでもない感謝の言葉だった。




――――――――――――――


「貴方が夢でも見ていたんじゃないですか」
「違うって!トキヤほんとにそういったんだよ!すごいかわいかったよ!」
「…忘れてください」
「やだ」
「音也!」

(それから、根本的ななんでを投げかけるとトキヤは俺が分からない課題を聞いた時みたいに普通の顔で。ああ、会いたかったからですよ。そしたら寝ていたので、一緒に寝ることにしました。なんて言ったんだ。トキヤの焦るポイントってわかんないなぁ、そっちの台詞の方がよっぽど恥ずかしいと思うんだけど!)



『おはよう』
今日も明日もきっといい日。