「あっカンちゃん大ちゃんといるの?!いいなー!」

再生ボタンを押すと始まる動画の中で2人の友人が手を振っている。
音也、おめでとーーー!と呼ぶ彼らは初めて出会った時の面影を残したまま随分と大人になった。
付き合いの長い友人も、お世話になった先生たちも、早乙女学園で、アイドルデビューして、出会った人たちがこの日に俺を祝ってくれる。加えて、直接会ったことはなくとも大勢の人がおめでとうと言葉をくれることも、俺はもう知っているのだ。
ふふふ、とどうしてもにやけてしまうのをやめられないまま3回連続で再生して、停止ボタンを押そうとしたときだった。控えめな、けれど一人しかいない部屋では明確に響くノック音がする。
「はーい」
現場入りにはまだ余裕がある、来客の予定はなし、なんて考えるより先に返事をしてしまうのは条件反射だ。
「一ノ瀬です」
「は?」

ん?今一ノ瀬って言った?と俺の頭に巨大なハテナマークが浮かぶ。
俺の知る俺を訪ねる「一ノ瀬さん」はどう記憶を探っても一人しかいない。
「一ノ瀬トキヤです」
「いつもの挨拶!!じゃなくて、えええ??!」
ダメ押しの、はい、一ノ瀬トキヤその人です発言に突っ込みつつ慌てて扉を開けてみても、髪の先から足に至るまでどこをどう見ても知ってる人だった。
「トキヤ‥?」
「はい」
「なんで?!今日は会えないかもって言ってたのに、なんで?!」
「ストップ!ストップ!急いでるんです」
「聞けよー!」
後ろ手に扉を閉めて早足で俺との距離を詰める。トキヤは、学生のころから人の話を聞きなさいとか言うくせ俺の話だってあんまり聞いてない。
「お誕生日おめでとうございます、音也」
「…ありがとう」
事情が呑み込めないままでも伸びてくる腕がトキヤなら、抱きしめてくれる人がトキヤなら、もう大体はどうでもよくなってしまうのはよくない癖かもしれない。
誕生日が特別な日でも社会は止まらないし仕事は続いて、まして当事者でもないトキヤのスケジュールは「恋人の予定」なんて当たり前に含まれない。
そんなわけで二人きりのお祝いは4日後と決まっていたはずだった。
「同じスタジオで仕事、でもなかったよね。なんでトキヤここにいるの」
「10分後くらいにはわかります、今しかチャンスがないと思いまして――音也」
「はい」
「生まれてきてくれてありがとうございます、あなたがいてくれて嬉しい」
親密な距離はそのまま少しだけ体を離してトキヤが言う。
「俺も!俺もトキヤがいてくれてうれしい!」
くすくすと耳元をいじる手が後頭部に回って、勝手知ったる風で目を閉じたら唇がくっつく。食むだけの柔らかいのを数回した後は離れていく。本当は舌先を、内側を触れ合わせてしまいけれどそれをするとどうしても余韻を消せなくなってしまうから次会う時までお預けだ。
「では、また」
逢瀬と呼ぶにはあまりに短くて、名残惜しいを存分に振りかけた声にたまらなくなって、指先が離れる瞬間につかみなおしてもう一度だけキスをした。
「よくわかんないけど、ありがとう、トキヤ」
おおらかな俺は物事のおこりは気にしない、今日はトキヤに会えたから、それでもう特別に良い日だった。

なんてことがあった数分後、訪れた数人の足音に呼びに来たスタッフにしては多いなぁなんて考えは突如開いた扉とカラフルな光景にはじけるように消えた。光が形をもってやってきたのかと思った。鳴るクラッカーととびきり大きなお誕生日おめでとう、慌てた俺を見てトキヤが意味深にウインクをする、なるほど。
へんなかお、じゃないよ翔。持ってるハンディカムが至近距離で(下から)映そうとする。頭を撫でる手はレンと那月だ。セシルがド直球に愛を伝えてきて、マサが泣くなと言うから泣かせに来る。

どんなことがあっても笑っていようと決めた幼い俺の覚悟はみんなとの時間が増えるたびに弱くなって簡単にうれしいってこぼれてしまう。

「もう、これ、どっきりなの?」

色とりどりの紙吹雪が頭からほろほろ落ちる視界の中で聞くとプレゼントだと胸を張られた。
「ハッピーバースデー!一十木音也!」
「ありがとう、みんな大好き!!」


ハッピーバースディ!23年前の一十木音也。
君の傍にはきっと守る腕があって生まれたことが愛されることが愛するひとにであえたことがうれしくって泣き声を上げたんでしょう。
俺もそうだよ。
大好きな人がいて大好きな人たちがいて愛されることが愛することがうれしくってやっぱり涙が出てくる。
うまれてきてよかったね。