HAYATOの引退、トキヤのデビューから数年がたった。

トキヤがトキヤとして仕事をしていくのは簡単なことではなく、HAYATOのファンは彼がもういないことを嘆き、トキヤをなじることもあった。
業界からは「HAYATOだったら…」というフレーズを幾度も聞いた。
それでも自分が選んだことだからトキヤは努力をひたすらに続けるだけだった。
いまではトキヤを応援してくれる人も多くいる。

「あ、HAYATOだ!すごい懐かしい!俺この曲大好きー!」


年代ごとにヒットした曲を上げていく音楽番組を見ていた一十木音也がビールを片手に声を上げた。
「わーほんとです!私もこの曲大好きです!」
その隣の七海春歌も嬉しそうに言う。
久しぶりにメンバーの都合が合い、SHRISH全員(もちろん作曲家である彼女も)で行きつけの飲み屋に来ていた。
そんな中音也がどうしても見たいのだと携帯を取り出したので
自分と彼女はなんとなしに音也の携帯を覗き込み番組を追っていた。その他のメンバーは各々で楽しんでいるようだ。

「今でも聞くもんなぁ。もちろんドラマとかも見てるけど!」
「ですよね一十木くん!あ、ここ、このフレーズがいいんですよね」
「そうそう、ってあーもう終わった…。もっと流してくれてもいいのにね」
「音也、もうすこし静かに」
「もちろんトキヤの曲も好きだよ!」
「そんなことは言ってません!」

一瞬映ったマイクを持つHAYATOの姿はトキヤにとっても懐かしいものだった。
夢でさえ、HAYATOが出てきたのはあれが最初で最後だった。

「…なぁトキヤー」
「なんですか」
「あれやってよ!HAYATO!」
「何を言って」
「私からもお願いします一ノ瀬さん!HAYATO様に会いたいです!」
「…貴方まで…」

アルコールの力で豪気になっている二人は「お願い」のポーズを作ってうるうるとトキヤを見つめる。
彼女はともかくちっとも可愛くないですよ音也…。
今まで、自らをHAYATOのファンだと称しながら二人からこんな要望を聞いたことはなかった。
つまり客観的にも、もう過去なのだろう。

熱意に負けて、それから自分も少し酔っていた。



「――わかりました、一度だけですよ」




くすぐったい、面映ゆい思いで大事に閉まっていた箱を開く。
息を吸って頭を切り替えた。まだ覚えているだろうか。
自分で決めた彼の喋り方や癖、どんな表情でどの高さから話し始めればいい?



きらきらと期待を込めてHAYATOを待つ二人に向けてお決まりのフレーズを口に出す。
それは久しぶりだったはずなのにとても馴染んで響いた。








(やぁ久しぶり、元気にしていたかい?)