*短い話まとめ

『無神経音也』

家族が欲しいんだ。かわいいお嫁さんとかわいい子供、一姫二太郎、とあと一人で三人くらいいたら楽しいだろうなぁ。そんで息子とはサッカーするんだ、娘は…きっと可愛くて仕方なくて、嫁にやらん!なんて言っちゃうだろうな。小さい手をこっちにむけてたどたどしく、向かってくる俺の宝物抱き上げて、その隣で大好きな人が笑うんだ。お嫁さんとはね、いつまでも仲良しで、手をつないだりキスしたりすんの。それから朝起きたらおはようがあって、帰ったらお帰りがあって、あったかいご飯があって。めいっぱいしあわせな家族を作るのが夢なんだ。俺いい旦那さんにもいいお父さんにもなれると思うんだけどトキヤどう思う?

ベッドの上で裸のまま毛布にくるまって、音也は言った。

そのセリフが一夜を共にした女性にかけられた言葉ならどんなに幸せなワンシーンだっただろう。しかし現実に隣にいるのは音也の語る夢の要因にはなれやしない、同じ性をもつ自分だけだった。二人の体温を含んだ心地良いはずの空間が急によそよそしく感じられて、小さな照明に照らされる情景には現実味がない。ぱたぱた、彼の足がシーツをたたく。それから、「ねぇねぇ、トキヤ」。


「…そんなことを考えながら抱かれていたのですか」

ぱたぱた、ぱた。子供みたいな動作をやめて
狭いベッドで無理に寝返りを打ち半ばトキヤに乗り上げるように近づいた。

「え、なんで?気持ちいいなーとかもっと、とかトキヤ色っぽいなーとか思いながら、だけど」
「ですが、先ほど夢と言ったでしょう」
「うん、夢だよ?トキヤは子供欲しいとか思ったことないの?」
「…私とあなたとの間には子供はできません」
「当たり前じゃん!できたらびっくりだよー。あ、この場合俺にできるの?トキヤの子供ってなんか賢そうだよね!」

屈託なく笑うのは、叶わないとあきらめてしまっているからか、それとも一時の付き合いと割り切っているからか。後者だとしたらトキヤの完全な片思いだった。どちらにしても理解できそうもない、音也のいない未来の話も在り得ないもしもの話も空しくなる。

「どうしたの」

(一十木音也は時々ひどく、残酷だ)


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『割り切ったトキヤさんでHAYA音風味』

音也がHAYATOのファンだということは同じ部屋で過ごすうちにわかっていたので珍しく魔がさしたのだ。その行為ですべてが壊れる可能性があることを一部も考えなかったのは彼が恋のさなかにいることを証明している。
トキヤだって浮かれる、恋は盲目と言う、それが全ての免罪符だった。

「トキヤなんかやめて僕にしておけばいいのに。双子だし、僕の方が君にお似合いだと思うにゃー?」

憧れのHAYATO、そして恋人であるトキヤの兄(という設定)に言い寄られて、音也は見るからに動揺している。先ほどの、好きな人がいるんでしょ、嘘、知ってるんだトキヤと付き合ってるんだよねという流れでもう真っ赤になっていた音也は口をパクパクとひらきあ、とかう、とか言うだけでまともな返事ができない。それをいいことに唇を近づける。

「HAYATO、待っだめ!」

触れ合う寸前で両手に阻まれた。音也のてのひらに唇を押しつけたまま頬をふくらます。
「ダメなの?」
「だっ…だってこういうのは、俺はトキヤとしかしないよ」
そのままの距離でわざと吐息があたるよう口にすると真近の彼は泣きそうに眉を寄せて、加虐心が煽られていく。

「…じゃあ音也くん、私ならいいのでしょう。手をどけなさい」

音也が大きな瞳をさらに大きく見開いて、今度こそ薄く涙の膜が張る。罪悪感よりも早く快感の方が駆け上がる。意地の悪いことをしている、自覚はあったが、止められなかった。

「どけてください」
「…そんなのはだめだよ、HAYATO」
「トキヤ、です」

ぽろ、っと耐えきれなくなった雫が重力に従って頬をつたう。落としてしまうのがもったいなくて舌でなめとると、当然ながらしょっぱいのだけれどトキヤはいたく満足した。それから小刻みに震えてもうぐずぐずな拒否を示す両てのひらにも丁寧にひとつずつキスを贈って、ファンの間で「かわいい」と評判の笑顔を浮かべてみせる。

「…なーんてね、トキヤのまねだにゃー!似てた?」


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『もしもの話』

もしも。なんて考えたらきりないしありえないから俺はあんまり好きじゃない。

テレビの中の女の子がHAYATO(本当はトキヤ)にむけて「好きです先輩!」とかわいい顔を真っ赤にして告白の真っ最中。ああ、これじゃあトキヤが「見なくていいです」っていうわけだよってちょっと納得。でも俺HAYATOが誰かに告白するのも告白されるのも、もう何度も見てるんだけどね。やっぱりトキヤだってわかってから、知り合いに見られるのは恥ずかしいのかな。それにしても、お笑いキャラで売ってる割には、結構本気なドラマとか多いよね。トキヤ歌も演技もうまいからなぁ。

そこでふと、もしも、が思い浮かんだ。
普通に学校に行ってたらトキヤって俺の先輩だったんじゃない?って。

「一ノ瀬先輩、ううん、いや、トキヤ、先輩?」
「…どうしたんですか」
「ドラマ見てたらさ、そういえばトキヤって年上だなーって思って」
「私はあなたが一つしか違わないことが驚きですよ」
「もっと大人びて見えるって?」
「わかって言ってるでしょう」
「ばれた!」

先輩、って不思議な感じがするな。トキヤは初めて会った時からトキヤとしか呼んだことがないからすごく変な感じだ。
『先輩が好きなんです、先輩に好きな人がいることは知っています、それでも気持ちだけ、つたえ…伝えたくて!』
画面の中の女の子は「先輩」の制服の袖のとこをつかんで涙をこぼしながら必死に想いをぶつけている。先輩は苦しげに眉を寄せて、彼女が悲しまずに済む術を探しているようだった。彼には幼馴染の思い人がいるのだ、受け入れることができない時点で、どうしたって傷つけてしまうのに。

「トキヤ、…先輩が好きだよ」

息の詰まる数秒ののち「彼」が口を開く。
さわやかなキャラクターらしく申し訳なさそうに、辛そうに
『…気持ちは嬉しい、ほんとだよ。だけど…君が言ったように僕には』

「私も音也が好きですよ」

『わかっています』
哀しいことに彼女と、彼の片思いの彼女もまた幼馴染なのだ。ままならないね、そういう恋は。

「うん…えへへ、ありがとう、トキヤ」
「何を照れているのですか」
「…改まるとなんか恥ずかしくない?」

先輩と彼女の演じる切なさはクライマックスへ、ピアノが感情的に鳴り響く、だけどもう俺は彼らを追わない。ドラマに当てられたって言うのかな。自分でも単純だと思うけど、なんか。こういう衝動はきっと「彼女」ならわかってくれるだろう、理屈じゃない。

「キスしたい」
「貴方の恥ずかしがるポイントはよくわかりませんね」
「したいよ、トキヤ」


ああそう、それで「もしも」の話。もしこの学園に入学してなかったら本当は、俺とトキヤは先輩後輩でもなんでもなくて違う学校に行って一生出会わずに終わるんだと思う。大切な仲間とも。歌を歌うことだけはどう生きたって選んでいたかもしれないけど、それだって「夢」だったかはわからない。トキヤは…神様に言われたみたいに、やっぱり目指していそうだ。俺は彼の歌が好きだからそうであってほしい。そういう「もしも」が俺の持たないいろんなものが普通に傍にある世界でも「こっちでいいよ」って言う。
(それって実はすごいこと)


「…もう先輩とは呼ばないのですか?」
「トキヤおじさんみたいだよー…そういうのプレイっていうんでしょ?」
「言い出したのは」
「俺だけど」
「…」
「うーん、じゃあえっと、トキヤ、先輩?気持ち良くして」
「ください」
「…ください。トキヤ厳しい」


ドラマは次回予告が終わって次の番組が始まっている、俺の中の「もしも」談義は急速に形を失ってトキヤについていくので精一杯になる。あ、ソファのままするのかな、とか。