*続かないものとか短編まとめ
デビューしてからのトキ音/ 学生時代お正月/ 寂しがり屋が二匹/ HAYATOごっこ/ みんなで雪遊び/ 虫の居所の悪すぎた音也/ 窮屈な恋/



『デビューしてからのトキ音』

「とや、おとや」

夢の淵からひろいあげる声は優しかったから、俺はその相手は間違いなくトキヤだと確信した。見なくてもわかる細くてきれいな指が頬をなぞる。気持ちがよくてすり寄ればもう一度おとや、と甘い声が呼んだ。

「んー…、ときや?」
「…起こしてしまってすみません」
「いいけど、…どうしたの?」
幸運なことに忙しい最近は、寝るタイミングも起きるタイミングもなかなか合わなくて、そんな中昨日は珍しくれいちゃん、トキヤと「おやすみ」のあいさつを交わした。眠い目こすって時計を確認してもあれからあまり時間はたってないからベッドに入ってそう長く間をおかずにトキヤがやってきたことになる。ベッドの端に腰かけていたトキヤはパジャマ一枚で、それがすごくいい素材でできていることは知ってるけど寒そうだったから毛布の端を持ち上げてやる。ありがとうございますと律儀にお礼を言ったトキヤと並んで毛布にくるまった。そういえば一緒のベッドに入るなんてこの部屋に来てからは初めてだ。
「どうしたの?眠れない?怖い夢でもみた?」
「…違います」
「じゃあ…うーん、なんだろ。寒かった?」
「…最近、というかここに来てから、ですね。全然でしょう」
「全然?」
「その、音也に触ってないなと思いまして」
さわってない、と頭の中で反芻する。さわってない。結論に達してトキヤを見れば、彼にとっては残念なことに、俺にとっては嬉しいことに、電気を消した部屋でも暗闇になれた俺には顔を真っ赤にしているのがまるわかりだった。
「わー…え、これってもしかして寝込みを襲われるってやつ?」
「襲ってません」
れいちゃんを起こさない程度に器用に音量を調節して怒ってみせる。照れ隠しも含まれてるんだろうなぁ。だけどトキヤがそう思ってくれたっていう事実はどうしようもなく俺を嬉しくさせた。俺だって、今日がなかったらいずれ同じようなことをしていたと思う。
「嬉しい」


トキヤの唇が俺の髪や額や瞼を経由してようやく口にたどり着く。もう優しく合わせるだけのキスじゃ足りなくて強引に舌を差し入れて、くすぐって、上がってきた息を整えようと離れたら今度はトキヤが俺の口のなかを好き勝手にする。そんなのを何度も繰り返した。
声、あんまり出しちゃいけないよね。
「あの、さ、トキヤ。俺あんまりうまく声我慢できない、と、んっ、んっ、思、はぅ。…ちゃんと聞いてよ!」
「最後まではしませんから、今だけ声を押さえてください」
「あれ?・・・しないの?」
「え」
トキヤが動きを止めて俺を見る。

「…てっきり」
「しませんよ、隣には寿さんがいるでしょう、非常識ですよ」
「こんなキスする時点で非常識だと思うけど…」
「それとこれとは別です」

別、なのかなぁ。
トキヤのキスが唇から首とか鎖骨に移って小さなリップ音が聞こえる。ばらばらに仕事が入って、部屋で一人になることは多いから処理という点では困ってないけどトキヤとこうして触れるのは本当に久しぶりで今までなんで我慢できてたんだろうってくらいしたくてたまらないのに。というか、仕掛けてきたのはトキヤなのに。




『学生時代お正月』

「カウントダウン聞こえる?」
「ええ、随分にぎやかですね」
音也の向こうで数人の声がする。
「うん、部屋にこもってるやつもいるけど、談話室は毎年こんななんだ」
「楽しそうで何よりです」
「そっちは静かだね、テレビつけてないの?」
「消音にしてます」
「さすがトキヤ」

小さくなる数字と反比例して上がっていくトーン、そのなかで音也はかすかに笑った。トキヤのつけているただ流しているだけの番組でも妙にテンションの高いレポーターが大げさなジェスチャーとともに新年を告げようとしていた。

「・・・あ、もう明ける」

その言葉とほぼ同時に時刻は00をさして、カウントダウンは1から0を刻む。日付が変わって、昨日までがもう前の年だ。
「・・・明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう」
「初詣には行くんですか」
「どうかな、とりあえず年越しそば食べる。トキヤはこういうときもだめなの?」
「・・今日くらいは」
「そっかー」


「・・・お雑煮も」
「食べますよ」
「だよね」

間を空けながらぽつぽつと振られる話題に同じことを考えているのが伺える。声を聞いたら、こうなってしまうと予想ができないわけではなかった。
施設に戻ると言う彼を言いくるめてともに寮で過ごせばよかったと思う。そういう案もあったが、「家族と居たほうがいい」という珍しく真剣な物言いと、「俺も一緒に過ごせるのは、あと3年しかないから」という言葉には言い返せるはずもなくそれでもせめてと同じ日に別れた。

夏休みほど長く離れているわけでもないのに、騒がしい寮の生活が恋しいなんて存在にならされている自分に笑ってしまう。

できるならこのまま繋げていたいがそうもいかない。
「・・・では、また学園で会いましょう」
「うん、あ、あのさトキヤ、去年はありがとう、今年もよろしく」
「はい、こちらこそ。・・・今年こそ自分の身の回りのことはきちんとできるようになってくださいね」
「してるじゃん!トキヤが細かいんだよ!」
「音也が大雑把過ぎるんですよ」
不満げな声を上げるいつもの調子を取り戻した彼にもう一度決まりきった挨拶をして今度こそ通話を切った。




『寂しがり屋が二匹』

「イッキがイッチーを寂しがりやねぇ」
「そうです、ああ、それから自分が女の子だったらあなたと付き合いたいとも言っていましたよ」
「それは光栄だ、じゃじゃ馬レディも歓迎だよ」
向けられたウインクをあからさまに嫌な顔で避ける動作をするとつまらないねとわざとらしく肩を落としてみせた。以前音也と受けた散々だった取材では他にも音也と同じクラスの聖川真斗の話題も出ていたが、レンのことにしても自分のことにしても、人のことなどお構いなしのマイペースな人間だと思っていたけれど。
「意外でした。彼は案外人を良く見ている」
「ふーん」
「なんですか、言いたいことがあるなら口にしてください」
「いや?イッチーもちゃぁんとイッキのこと見てあげなよ?って思ってさ」
「余計なお世話です」
含み笑いとなれなれしく肩を抱いてくる、音也とはまた異なるがそういう距離のなさは相変わらず苦手だ。

「人のいいところに気が付ける子っていうのは優しいんだよ。
同じように、人の寂しさに気が付けるってことは、やっぱり寂しがり屋なのさ」

ひきはがそうとした腕には思いのほか強い力が込められて、トキヤの耳元でいたく真剣な声が諭した。そうしてわかったかいと肩をたたかれたときには別段普段と変わったところはないレンがいてその変わり様に、不覚にも二回目のウインクは避け損ねた。

(それじゃあ貴方もそうなんじゃないですか?)




『HAYATOごっこ』

口調はあくまでそのままで、猫のように目を細めてHAYATOは楽しそうに笑う。何が気に障ったのか、トキヤがどうしてこんな風にするのか、音也には見当もつかなかった。わかるのはここにいるのはトキヤなのにトキヤじゃないということだけ。声も指も温度も自分に馴染むのにちがうよ、と念を押されて逃げることもできない。

「あの、ときやぁやめようよこんなの」
「もー!トキヤじゃないにゃあ、HAYATO!ね、音也くんHAYATOって呼んで。
よばないともーーーっとひどいことしちゃうよ?」
「ひどいことって」
「なんだろうね?」
「・・・・はやと」
「よくできました!」

がばっと抱きつかれたと思ったらすぐに唇をふさがれる。その感触も味だって、音也はよく知っていた。
少しだけいつもより乱暴に動き回る舌にぎこちなく応えながら、トキヤとするときと同じように目の前の男を抱きしめ返した。
「ふ、は、ねぇ音也くん、音也くんはぁ、付き合ってない男とでもこんなこと、できちゃうなんて、悪い子だにゃー?」



あたりでぴきってきていい加減にしろよトキヤ!(べしっ)。




『みんなで雪遊び』

寮館から一歩出るとその寒さに体温を奪われる。そこに一人たたずむ顔見知りにトキヤは声をかけた。

「貴方もですか」
「そう、おちびちゃんが呼びに来てね。」

学校にしては桁違いな面積を誇る早乙女学園の敷地は今や白一色に染まっている。昨夜から降り続いた雪はすっかり積り朝日を反射してきらきらと  西洋文化を踏襲した広場と雪の共演はいっそ幻想的だったが目の前の光景にトキヤはため息をついた、騒々しい。

雪が積もったよ、すごいよ、トキヤねぇ雪!本当に珍しく、トキヤの一日は音也の声で始まった。室内はまだ冷たく布団が恋しい、そんな中よく彼が起きられたものだ。遊ぼうよ、としつこく誘うので渋々あとで行きますと頷いた。雪なんてものは室内からその静寂さを楽しむほうがずっといい。少し悩んで、それでも約束は約束だからとトキヤは、音也が出て行ってからできる限りゆっくりと支度をした。

「イッキとイッチーってあれだね、お庭の犬とこたつの猫みたい」
「レンも室内の猫でしょう?」
「まぁね、けどこんなに積もるのは珍しいから、仕方がないかな」

誰も踏み入ってない白のじゅうたんの上をこともあろうに飛び込んだ音也の上に翔が陣取る。髪もジャケットも雪まみれでフードの中にまで入っているようだった。
あんなにしては部屋に入る前にきっちり払ってしまわなければならない。しかも手袋をしているとはいえ雪に触りすぎだ、しもやけになってしまう。荒れないようにハンドクリームを塗って、それから風邪をひかないよう風呂にいれてやらなくては。暖かい飲み物も必要ですかね、まったく世話の焼ける。私は貴方の母親ではないのですよ。


「イッチー…声に出てるよ。過保護だねぇ」
「…音也が子供ですから、仕方なくです。」
「そこもイッキのいいところだよ。さて、俺たちも行くかな。おーいイッキ、おちびちゃん、しのみー!ついでに聖川真斗!」




『虫の居所が悪すぎた音也』

人間なのだから、いくらへらへらと笑っている音也にもそれなりに喜怒哀楽はあるはずだ。実際には心無い事件がテレビで流れたりすると真っ向から非難したりはする。
けれどこれは、初めて見た。

どすどすと足音を立てて部屋を歩き回ったかと思うと音也は持っていた、普段通学に使っているリュックを床にたたきつけた。その後棚に並べてあるノートの類をすべてなぎ倒したと思ったら、今度はクッションが親の仇であるかのように拳を振るう。ベッドから毛布を剥ぎ取り振り回し、これに対しても同じく。

(これは本当に音也でしょうか)

荒れている。という形容詞がぴたりとあてはまる。

散々自分のスペースを散らかして立ち上がり、
音也は一息吸い込みなんの配慮もなく大声で「あー!」というような奇声を発した。もちろん部屋は防音であるから外には聞こえない、しかし同室のトキヤにとっては耳をふさぐのも間に合わなかった。吠えているようにも聞こえる。声を支えるのは筋肉だ。音也は申し分ない。
(ど、どうしたら!)
やがてその声も収まりほっとしたのもつかの間今度は泣き声になった。それも小さい子供が周囲のことなどお構いなしにするあのやりかただった。
「お、音也!」
わあああ。さすがにおかしいと思い近づく。
「音也、どうしたんですか、つらいことでもあったのですか?大丈夫ですか?音也?」
背をさすろうとした手も、遠慮のない力で阻まれてしまい痛みが走る。
「私は、ここにいないほうがいいですか?」
わああああ、泣き叫ぶだけで返事もない。
「音也…」




『窮屈な恋』

「すき」
「ありがとうございます」

「そんな簡単にうなづいちゃだめなんだよ」
「貴方以外の方からの言葉には頷きませんよ」
「俺のことも警戒してよ」
「何故?私たちは恋人同士でしょう。向けられた愛の言葉に同意を示すのは当たり前じゃありませんか」

俺に甘い、トキヤは何にもわかってないんだな。

帰る家も住んでいた部屋も食器も誕生日のケーキも先生もどれもがみんなのものだった。俺が持っていたのは顔も知らない本当の両親が残した「俺自身」と育ててくれたお母さんが遺したロザリオ。それはそれで生きていくには十分な思い出だったけど、トキヤは違う。
トキヤは、正真正銘俺のだけの誰か。そんなの手放せなくなるから、簡単に言葉を返しちゃいけないんだよ。トキヤだってぎゅうぎゅうってだきついて、四六時中離さなくて誰にもあげない誰にも触らせないっていう窮屈な恋はされたくないだろ。もっと健全な暖かい恋をした方がいいに決まってるんだから。


「次頷いたらもう一生俺のものだよ」
「かまいませんよ」
「だからぁそう言ったらだめなんだって」
「わかってないのは音也の方です」