*続かないものとか短編まとめ
月明かりに散歩/ 音也風愛情表現/ 手をつなぐ/ 海とトキ音/ さよならお母さん/




1.yourwaymyway

コンビニ袋を片手に歩く夜道は月明かりで随分と明るかった。袋の中にはお菓子と、音也がよく読む週刊漫画雑誌が入っている。いや、当初は音也だけだったのだが、騙されたと思ってと音也と翔にすすめれて読み始めると案外はまってしまい、レンも道連れにこれを読むのが習慣になっている。先にAクラスが読み、次にSクラスへと漫画は回し読みされていく。ちなみに購入費用も当番制だ。随分学生らしい習慣である。

「あ、トキヤ月がきれいだよ。でっかい!」
指さす先にはまんまるおつきさま、と称するのが妥当なくらい見事な満月だった。高度の低いそれはいつもより距離が近く、またサイズも大きく見える。
月がきれい、で思い出すのはもはや定番と言ってもいい夏目漱石の和訳の話だったが、どう見ても目の前の月を素直に賞賛したにすぎない。模範的な我愛す、を「月がきれい」と訳した漱石の趣向も見事だが、もともとアイラブユウに相当する直接的な言葉を、外来語として根付くまで長く持ち得なかった日本語にむしろ、トキヤは親しみを感じてしまう。ゆえに人はどんなふうに、どれくらい、をいかに情緒的に、いかに相手の心に届くように表すことができるかと術を競い合った。

「カレー食べたくなってきた」
「なぜですか。まさか月が黄色いからとか言いませんよね」
「すごい正解。真ん丸なのがお皿でさ、ルーがなみなみ乗ってて…」
「…呆れました」
「食べたい!トキヤのカレー!」
「貴方という人は!」

だから、トキヤは結構都合のいい解釈をしてみたりする。
「トキヤ大好きちょうあいしてる!」を一十木音也風に訳すると「トキヤのカレー食べたい!」であり、
「ああもう音也可愛いですねわたしもあいしてます!」を一ノ瀬トキヤ風に訳すると「まったくあなたという人は」なのだと。
いいですねそれ、と一人賞賛してみたりもする。

月明かりの下、まさか隣の男がここまで浮ついた思考をしているとは思いもせず、もう一度月を見上げた音也のお腹が空腹を訴えて、くぅと鳴った。


『あいらぶゆーを訳してみせて』












2.showlovetome

なるほど懐の深い男だ。というか、その小さな体に男気が溢れている。洗いざらいトキヤが告げても翔はうん、と頷くだけで特に否定はしなかった。何の話か、自分と音也が実は数年前から友人という関係ではなく、もっと親密な間柄である、というカミングアウトだ。

「つーか俺知ってた。あ、付き合ってたことがっていうより、音也がトキヤを好きなこと?か。たぶんあいつが自分の気持ちに気付くより早かったんじゃねぇかな」
「…そんなわけないでしょう」
「否定かよ」
「在り得ません。音也は音也ですよ?私がどれだけあの男の本意を探るのに苦心したと思ってるんですか」

音也は誰にでも好意をみせつける。言葉も態度も、それが翔みたいに仲の良い相手でも初対面時のトキヤのようにすこしとっつきにくい相手でも。だから、「この男には特別なんかないんじゃないのか」と悩んだ時期のあるトキヤとしては、翔が簡単に知ってた、などというのはなんだか納得のいかないことだった。

「お前ぐちぐち考えるタイプだもんなぁ。や、まぁ一番初めに見つけたのは那月なんだけどさ」
「四ノ宮さんが?」
「俺もそれがきっかけで、音也を見てたら、なるほどなぁって。そりゃ友人としてか恋人としてなのかってとこまでは確実じゃなかったけど、それでも「音也の特別はトキヤなんだな」ってくらいは気付いたぜ。だからお前に付き合ってますって言われても、そうなのかーって思った」

ここでまた納得がいかなくてトキヤは眉間の皺を濃くする。どうして、四ノ宮さんや翔にわかったことが自分にはわからなかったのか、あんなに音也を見ていたのに?!と。

「何のときだったかな、那月が、『いつもトキヤ君にあげちゃうんですね』って言ったんだよ。あ、そうだどんぐり!どんぐりのときだ。お前ももらったろ、どんぐり」
「どんぐり…」
はて、と一ノ瀬トキヤは記憶力は決して悪くない頭に命じる。数秒の後答えが見つかったのはそれが音也がらみのことだからだ。ねぇねぇトキヤこれあげる、そうやって手に乗せられたのはどんぐりだった。何でも拾ってこない!と叱ったそれは、けれども大事にとってある。虫がわくのではと心配もしたがぐるりと掌で遊ばせてみても虫食いの跡一つないきれいなものだった。
「…もらいましたね」
「あれを音也が拾ったとき、俺も那月もそこにいたんだよ。で、どんぐりで駒つくってみたり那月がボンドでくっつけて犬?つくったり、そういう…ガキっぽいことした後に、音也がいくつかどんぐりひろって、マサにもトキヤにもレンにも七海にも友近にもおすそ分けするんだーって言った。それ自体はまぁ、音也らしいなって感じだよな。で、その時に一番きれいなのはトキヤ、って。振り分けたんだ。それを見た那月がさっきのセリフな。
そこで俺思い出したんだよ、そういや音也は一番大きな唐揚げをお前にやるし、一番きれいに咲いた花をもっていくだろ、一番きれいなどんぐりもそうだし、何でも一番はトキヤにあげてたなって。それ以降も見てれば音也は「一番」のものは全部お前にやるんだ。ああ、こいつトキヤが特別なんだなって、…そうなったらもう、わかるだろ」

たぶん無意識だった思うぜ、と翔は言葉を切った。トキヤは思い出す。つるつるした表面の形も均等で穴ひとつ空いて小さなどんぐりのこと。いりませんと言ったのにおいしいから、と皿に分けられた音也の好物のはずの大きなからあげ、まだ地面についてないのだと誇らしげに言ったピンク色の桜の花びら、特等席を譲られた花火、なんだって「ねぇねぇトキヤ」と言うものだから、珍しいものを見たら主人を呼ぶ犬ですかとため息を吐いたことも一回ではない。だって誰がそれを心の示し方だと思うだろう?音也すら気づいていなかったのに、トキヤにわかるはずもない。

最も美しいもの、綺麗なもの、素晴らしいもの、心動かされるもの。

そう感じるきらきらとしたものの全てを、音也はトキヤにあげたがった。

星がきれいだよ、向日葵を見に行こう、雪が降ったよまだ誰も足をつけてないんだ。
無邪気にすり寄って、トキヤを呼んだ。

「…子供ですか」
「言うなって!音也らしいだろ!」
からからと笑う翔とまんざらでもなく頬を緩めるトキヤの間で着信が鳴る。届いたメールは噂の主で、タイトルは「見て見てトキヤ」添付された写真は四つ葉のクローバー。映り込んだ音也の手は土で汚れてしまっている。内容が「これ3つ目!ここすごく多いみたい。一番きれいなのトキヤにあげるね」
だったので、二人して吹き出してしまった。

音也の幼い、けれど純粋な好意の示し方は、いまだに健在らしい。



『かわいいきみのあいしかた』

















3.beusedtodo

演技の実習で恋人役をすることになって、デートという場面で女の子と手をつないだ。それが柔らかくて小さくて、なんだか慣れないお父さんが赤ん坊を抱くときみたいな恐る恐るといった手つきで音也は彼女の手をそっと握ったのだった。

慣らされてしまっている。
苦笑を伴う事実だった。触れることも、触れられることも、音也が思い浮かべるのはいつもたった一人の男だったから。


『君の手の大きさに慣れた私の手』
http://shindanmaker.com/67048 小説用お題った―












4.seasidedate

潮風が冷たい。頬をかすめるそれはまだ冬の名残を含んでいる。海は深く厳しい色をしていて、これからゆるりと空の色に近づいていくんだろう。ぱしゃりと足元にかかる透明は少しだけ夏を予感させた。暮れる太陽は都会で見るよりずっと大きくて、夕日が染め上げる砂浜は優しい。海開きも遠い海岸には人の姿はなく、ひとのいない浜辺を、二人で歩く。


トキヤも音也も裸足だった。波と砂の感触が心地いい。音也は最初トキヤと並んで歩いていたのだが、興味があちらこちらに行くうちに距離ができてしまった。置いて行かないようトキヤが何度か立ち止まって待ってくれることを知っているので夕日に見とれてみたり波で遊んだり貝殻を拾ったりしながらゆっくりと彼の背に向かって歩く。拾った木の棒を傘を引きずる子供のように右手にして。くるりと後ろを向くと音也の歩いた道は曲がりながらも一本の線で引かれている。所々波で消されていた。
そうだ、と思いつく。あれは小学生のころだろうかクラスではやったことがあった。
特別の思いつきに音也はふふ、と笑った。ここに誰もいなくてよかった。

「ねートキヤー!」
「なんですか。またクラゲでもみつけましたか」
「んーん、これ見て」

後ろから名前を叫ぶ音也に振りかえる。声は波の音と混ぜあって海に溶けていく。
木の枝で指示された音也の足元には大きな傘と、二人分の名前があった。
トキヤもまた幼いころの記憶を呼び起こす。好きな人同士の名前をその傘の中に書くと恋が叶うとか、ずっと両想いでいられるとか。そういう可愛いおまじないみたいなものだ。音也が砂浜に描いたものはそれだった。海で濡れた砂に描く傘と名前の形。おおらかな彼の性格そのものみたいにとびきり大きい。



なんてもの書いてるんですか!

といつものように言葉だけ怒ってみせようとしてトキヤの言葉は喉の奥へと引っ込んだ。

音也があまりにも、嬉しそうだったから。
日の沈みかけたオレンジが音也の深い赤をなぞって瞳が優しく細められる。永遠みたいな速度で瞬いた。



「俺ね、お前のこと大好きー」


ざざん、と一際大きく海がなく。












5.missyou-mum

くらっと世界が傾いて寒気が背筋を上って喉がひりついて、風邪だなぁって思ったときにはぱたん、と倒れていたらしい。その場にいたマサと那月が担いで寮に連れて帰って、同室のトキヤに事情を話すと彼は自分が面倒を見るからいいですよと看病を引き受けたそうだ。



いたい、とあつい、とさむいと苦しいが一緒くたになって音也を襲った。もう死んでしまうんじゃないかと思うくらいの辛さだった。体の節々が痛んで吐き気がする。意識はもうろうとしていて苦痛で涙が出てくる。
たすけて、と音也は思った。
くるしい、だれかたすけて。こわい。

音也がまだ施設にいたころ、病気をした子は部屋を出たらいけなかった。狭いところで集団生活をするのだから、一気に病原菌が広まったら大変だからだ。看病をする人も足りなくなるし、体の弱い子やまだ幼い子も多かった。音也は小さいころからそれなりに丈夫だったからあまり縁はなかったけれど、インフルエンザのはやったある年に隔離されたことがある。あれは、隔離だった。もちろん先生たちにしたら心配だっただろうし、何度も顔をみせにきてくれたけれど子供たちが学校から帰って来る時間からご飯の準備の時間になると音也はひとりきりで苦しみに耐えた。外では能天気にがやがやと人の声がするのに自分は放っておかれて、せんせいと呼んでもとどかない。さむいのにいたいのに、やさしくしてほしいのに。そうだせんせいもおとやのことがきらなんだ!だからこんなことするんだ!そう考えては寂しくてぽろぽろ泣いた。
泣き疲れてようやく痛みより睡魔の勝ったころ、ひんやりとした手が音也の額に触れた。

いまも、触れている、と感じて音也のくちがうごいた、ひとりの名前を呼ぶ。
「…起きてたのですか?」

記憶よりも随分骨ばった指がうっすらと瞼を開く音也の瞳に映った。涙でぼやけているけれどその指は大きな掌に繋がって、持ち主であるトキヤが心配そうに覗き込む。熱を測っていた彼の手は汗で少し湿っている音也の髪をやわらかく撫でて、きもちがいいと音也は頭を擦り付ける。答えるように何度も髪をすべる。
「今、起きた」
「そうですか、名前を呼ばれたので、起きていたのかと」
「俺、呼んだ?」
「ええ」
「誰を?」
「ですから、トキヤ、と、貴方が呼んだので」
「――うそ」

ぽかん、と口を開けた音也が、痛みだけでなく涙をつくっていく。痛みが原因でないとわかるのになぜ音也が泣いているのかは見当がつかなくてトキヤは慌てる。
うわああああん。
15歳の音也がまるで子供のように叫ぶ。

あの日、記憶に残る寂しい日、音也は「おかあさん」と呼んだ。額に触れる優しい指が思い出させたからだ。目を開ければ先生が困ったように笑って、大丈夫?と言ってくれた。だから今回も、自分はおかあさん、と、呼んだと思った。なのに違った。トキヤだった。俺トキヤのことを呼んでしまった。
おかあさんって呼ばなかった。
呼んでしまった。

音也から涙を生むのは後悔と寂しさだった。
ごめんなさいおかあさん。どんなに時間がたっても、どれだけ離れていても、顔も思い出せなくなっても、音也が頼るのは、一番に思い出すのは、あなたしかいないと思っていた。なのに自分は今日、お母さんとは違う人を呼んだ。そして安心した。こんなのは、貴方を忘れることだ。
どんどん遠くなってしまう。一番だったお母さんの存在は音也の中で少しずつ小さくなっていって、いつか消えてしまうんじゃないかと怖くなる。そんな裏切りはしたくなかった。

「音也、どうしたんですか?ああそんな風に泣かないで。聖川さんと四ノ宮さんが御粥をつくってくれましたよ。風邪をひいて心細くなってしまいましたか?音也?」

裏切りなんて、したくないのに、抱きしめられる温もりに音也の唇はやっぱり三文字をかたどって、彼の声と体温にすくわれていく。
あまりの寂しさに涙が止まらなかった。



永遠のお別れだった。
おかあさんと、こどもでいたい、音也の。




『おやばなれ』