*マサ結婚注意



正しくないと実感を伴って感じたのは随分とたってからだった。っていえば、正しいとか正しくないとかそういうものじゃないっていう人もいるだろうけど、俺が思ったのはそういうことだった。


六月も半ば幸いにも雨の降らなかった清々しい日にマサが式を挙げた。
隣には、彼がその心ひとつでどんな逆境からも守り抜いた愛しい人を連れて。
決して楽な道じゃなかったと言う。彼女は生まれも育ちもすごく普通の人で(だけどマサにとってはどんなものより尊い人なのだと惚気られたことがある)それを許さなかった家と何度も話し合いを重ねてついに勝ち取った神様に誓う日に、満足そうに愛しそうに笑うマサをみていたら、どうしても泣きたくなってしまった。翔なんかは当日マサに会っただけで男泣きしていたしレンも、目じりに涙をためて何度も何度も幸せになるんだよって繰り返してマサがまだ小さな子供みたいにその頭を撫でた、神宮司財閥と聖川財閥がそんなに仲良くていいの?ってくらい。そしてとうとうぎゅうって抱きしめてもう一度、幸せになるんだよと言った。

祝福の舞う暖かい結婚式で、俺は隣にいる彼をみる。スーツを着てびしっと決めた、いつ見ても、好きだなぁって胸がむずむずする。トキヤは瞳を柔らかく細めてその表情には心からの「おめでとう」が現れているようだった。

「良い式だね」
「ええ」
「結婚式って初めて出席したけど、すごく、なんか、優しい」
「そうですね、本当に」

新郎も新婦もそれを見守る周囲もみんなが嬉しそうだった。
この場所にすべての幸福が集まったみたいだ。

「俺は、トキヤにあれをあげられないね」

華やかな景色に目を奪われて心地よい人の声に耳を傾けたまま、それが遠い世界であるような錯覚に陥って、ふたりについて考える。
「誰もこんなふうに喜んでくれないでしょ、正しくないんだ。俺はトキヤをみんなから離して、一人きりにしてしまうのかも」



ねぇトキヤこの恋はかなしいねなんて。



言えるわけがなかった。
漏れそうになった言葉を慌ててとどめる。こんな話傷つけてしまったかもしれない、案じてトキヤを見れば悲しんでも悩んでもいなかった。「好きですよ」と気まぐれに告げるのと同じ顔をして笑う。

「一人?二人きりの間違いでしょう。世界に二人ぼっちでも、貴方となら構わないと思っています」


その表情があまりにも幸福で満ちていたから二の句が継げずにじっとみてしまう。それは愛しい人を連れて笑うマサと同じくらい幸せに見えて、そして彼の愛しい人は、俺なのだ。
トキヤはもう、とうに俺と生きる覚悟を決めているのだと知った。
レンとは少し違うけど、何度も幸せになれよって繰り返す彼と同じように俺もトキヤにはそうなってほしい。
だけどトキヤは本当に馬鹿で、本当に俺のことが好きみたいで、俺みたいな男を隣に連れて神様の見ている場所でこんなにも表情を和らげる。


このひとは、おれのことがすきなんだ。


眩しい世界を眺めながら馬鹿だなぁときやって泣きたくなってごまかすように彼の背中を叩いた。
なにするんですか、って声も優しいんだ。


お前は赤いバージンロードを歩いてくる愛しい人を待つ瞬間もたくさんの人の笑顔も可愛らしい二人の子供も、いらない?俺一人だけで、お前のこと大好きな俺だけで、それだけでいい?これから先ずっとずっとずっと、それだけでいい?

「だったら、あげる」
演出だろうかひらひらとすべらかな花弁が飛んだ、ぴんくいろの薄いのが頭の上から降ってくる。
「主語を省略しない。まぁ、なんだってもらいますよ。あなた自身も将来も。過去だけもらえないのが歯がゆいですね」
「ば、っかじゃないの」
「いいじゃないですか。聖川さんも彼女も幸せそうで、翔も四ノ宮さんもレンも…レンはちょっと大げさなくらいですけれど嬉しそうです。私もこのムードが嫌いじゃありません、隣にあなたがいるとなればなおさらです」
「雰囲気にのまれたって感じ?」
「そうとも、いいますね」
なるほど、おんなじように髪にはなびらをくっつけたトキヤはそれを払いもせずにまるで花冠をもらった女の子みたいにご機嫌だった。
人の幸せを見て泣きたくなるってなんでかな。これもお前が隣にいるからなのかな。

「…雰囲気に流されて、神様に誓おうか」
「同性愛は禁じられてるはずですよ」
「だから願うんじゃなくて誓うんだよ。誓いくらいは、聞いてくれそうじゃない?」
「ではなんと誓うのです?」
「一生愛し抜くこと」
「死が二人を分かつまでですね」
「長生きしてよ」
「ええ」
「ほんとに絶対、長生きしてよ」
「ええ」

お揃いのリングをつけた二人を見る。あれは願いと誓いの証だ、マサは守り抜くだろう、一生かけて。
いつか俺も贈ろうと思う。大してサイズの変わらないきれいだって言ってもれっきとした硬い男の指に、トキヤの左薬指に、約束と誓いを込めて。

一生ずっとお前のこと、大好きだよって。




サイト一周年記念(20121104)