ツリーの下の靴下の中にお菓子の一つでもあれば救われたんだ。 誰にも言わないでこっそり隠したそれに、何もないことを確認する朝がとても寂しかった。 と、いうのを思い出すから町中がクリスマスムードになるのは少し苦手だ。そりゃ子羊ちゃんたちがこぞってイルミネーションに目を輝かせるのは純粋に可愛いと思うけれど。ああでもなんだって子供っていうのは健気なんだろう、自分のことながら。 「お前もクリスマスなんてしたの」 「何を言ってるんだ、クリスマスの会合で顔を合わせたこともあっただろう」 「そういうのじゃなくてさ、家族の中であったのかと思って」 書道に勤しむ背中に声をかけてみる、全くこっちを見ないで答えを返す。そういう無精はよくないなぁ。別に俺が向いてほしいわけじゃなくて、人としての礼儀だよ。そんなんじゃ女の子にはもてないぜ。 「あったぞ、朝起きたらプレゼントなんて典型的なのが。もちろん、中身は可愛らしいものではなかったがな。じぃが俺に気付かれないように足音を忍ばせるのをわくわくしながら待っていた記憶もある」 昔を思い出してか声が少し和らいだ。そうして、お前はお前の可愛い妹のサンタクロースになったんだろう。 「そう」 「何だ急に?」 「意味はないよ」 サンタクロースなんていないんだと子供のころから知っていた。サンタクロースに代る人だって俺にはいないんだとわかっていた。聖川がそうじゃないと知って安心したのか裏切られたのか気持ちの整理がつかないまま興味もない雑誌のページをめくる。そういえば雪が降るらしい、ホワイトクリスマスなら、きっと子羊ちゃんたちは喜ぶだろう。 「なぁ神宮寺」 「なんだよ聖川」 「もうすぐクリスマスだな」 「…ああ」 * 結局当日は深夜から雪が降ったようで窓から見える景色は真っ白だった。早起きした上元気の有り余った連中が足跡をつけたり雪を投げ合ったりしている。残念ながら朝も遅い俺はいつもより寒い室内に流石に上くらいは着たほうがいいのかとシーツを手繰り寄せる。それと同時引っ張られてきたのは赤いリボンのついた緑色の正方形の箱。まるでクリスマスのプレゼントみたいだ。 「なぁ聖川、これが何か知ってるかい?」 片手で拾い上げて、もうすでに着替えてなにやら編み物をしてる聖川に問いかける。 マフラーに見えるんだけど、それ誰に贈るつもりなんだよ。 「ああ、白いひげを蓄え赤い恰好をし大きな袋を抱えた老年の男性がお前が寝ている間にそれを置いて行ったようだ」 「この警戒厳重な早乙女学園に潜入して?」 「俺にもよくわからないのだが、人知を超えた力が働いていたようにも思える」 「そうかい。…俺って今年そんなにいい子にしてたかなぁ」 一応神宮寺家の一員だからさ、24日や25日かこつけてプレゼントを贈られることはあったよ。だけどお前の言うその人からプレゼントが来たことは一度だってないんだ。どれだけ賞をとってもどれだけ賞賛を集めてもなにをやっても、靴下の中は空っぽだったんだ。 「その人も全能ではないのだろう、見落とすこともあるのではないか」 「17年間も?」 「致し方ないとあきらめろ」 「中身はなにかな」 「ピアスと言っていたな」 「随分趣味のいいおじいさんだね」 かたかた、箱を振ると音がした。 「その人はもう近くにはいないんだろうね」 「そうだな、忙しそうだった」 「じゅあ代わりにお前が聞いてよ」 小さな箱を握るのに少し力を込めて絞り出す。言いたかった。 届かなくたって聞いてなくたっていいからその存在に言ってみたかった。 「ありがと」 ぴたりと一瞬だけ聖川が手を止めて俺を見る。俺は視線をそらす。ふ、っと笑ったのが空気を通して伝わった。 「一番嬉しいのは子供の笑顔だと、そう言っていたぞ。言葉はもらっておくが泣いていたのでは意味がないな」 「こういうときにこっちを見るんだからだめな男なんだよ」 「何の話だ」 「お前が女の子にもてないって話」 「なんだそれは」 それきり言葉を紡ぐ気にもなれなくて手の中の箱をあそばせる。ただ聖川に指摘されたことが悔しくてシーツを頭まで被るとまた寝るのかと問うてくる。うるさい放っておけと応えながら守られたような白色の中で息を吐いて箱をひと撫でした。なんだか俺は子供のようだね。リボンを解くのさえもったいなんて。お腹の中が胸のところがむずむずするよ。 「神宮寺」 「…なに」 「メリークリスマス。これは俺からお前にだ。今できた」 「ああ、編んでたのって俺宛だったの」 柔らかくて軽いのがシーツの上に乗せられる。 「早くそこから出てこい」 きしりとベッドが音をたてて傍で聖川の存在を感じた。 掌がやさしく俺をさするから不本意ながら安堵した身体がまた一粒涙をこぼす。白いシーツの境界線を超えてこの男にメリークリスマスと返すのは、まだ少し先になりそうだった。 ねぇ、飴玉の一つでよかったんだ。あなたが良い子と認めてくれたなら。 |