まな板の音がとんとんとん、しゃーという水の音、ことことなる鍋の音。
器用に調理をしていくマサの手を見ながら、俺は感心してほうと一息、彼の指の動く様はとても綺麗だ。同室のトキヤや那月(あれも一応料理、かな)、俺も少しは料理をするけど知る限りマサが一番手際が良い。
ピアノを弾いてる時ももちろん、刺繍をこしらえてる時や取れたボタンをくっつけてくれる時、
ああ、いいなぁって思う。

「お腹すいてきた!」
「こっちは出来上がるのを待つだけだな」
「我儘聞いてくれてありがと」
「一人分多く作るくらい、そう手間でもない」

お肉とじゃがいもと人参と玉ねぎ、しらたきの入った鍋からはいい匂いがしてその隣ではお米が炊き上がろうとしている。一度炊飯器の方が楽じゃない?って聞いたことがあるけど、食べてみたらわかると言われて、食べて、納得した。
マサが使ったまな板を一度水で流す。これもよく見る白色のプラスチックでなくて、木でできている。ここから鳴るとんとん、って音が俺は好きだった。包丁には聖川って名前が彫ってあって、そういうのを慣れた風に使う彼が見たくて俺は何度かレンと真斗の部屋にお邪魔しては料理を作ってもらっている。
材料費は折半、俺もちゃんと手伝う。
「あとは…簡単におひたしでいいか。一十木はホウレンソウは大丈夫だったな」
「うん、俺ピーマン以外なら平気!」
「一ノ瀬が怒るぞ」
「あいつなんで苦手なもの食べさせようとするんだろ。この前なんか何をとんとんやってるかと思ったら、マサ、信じられる?トキヤ、ピーマンをちーさくちーさく刻んでたんだよ?まるで玉ねぎのみじん切りみたいに!緑の破片がたまっていくの見て呆れちゃったよ、あ、俺がやるよ」
「では頼む。一ノ瀬は完璧主義だからな」
「完璧を俺に求めるのはやめてほしいよ!それで、それをミンチにしたお肉に混ぜてさ」
ホウレンソウを水で洗って株が太いのには切り込みを入れる。
「ほう、考えたな、それでは味が分かるまい」
「見なかったら食べられてたと思うよ、でも見ちゃったからなー」
「食べなかったのか」
「…食べたけど。その時のトキヤの勝ち誇った顔!でもさ、味が分からないんだから食べたって言わないよね、って言ったら『…それもそうですね、では覚悟して待っていなさい』だって。今のトキヤのマネ似てた?」
さっと茹でてたらあとは浸すだけだ。そんなに時間はかからない。こういうもう一品、っていうのは簡単なのに一人だと面倒くさくなるのは不思議だ。そう考えると一汁三菜を守るトキヤもなんだかんだで気を使ってくれてるんだろう、ピーマンさえ諦めてくれたら完璧なのに。



「ただいま。…あれ?イッキがいる」
この部屋のもう一人の住人が帰ってきた。いつものようにだらしなく服の前を開けて、それでも帰ってきたら挨拶はきちんとする。それはレンの育ちの良さなのか、それともマサがそう言い付けたのか今度聞いてみよう。おかえり、と洗い物をしたままマサが返した。
「おかえりレン。えへへ、今日は飛び入り!なんかマサの料理食べたくなっちゃって」
「そう、それで俺の分はあるのかな?」
「あるわけないだろう」
「まーさー。あるよ、レンが食べるなら」
「ご相伴にあずかろうかな」
「では皿を出せ神宮寺」
「はいはい」
お母さんに従う子供みたいに食器を出し始めたレンを手伝おうかと思ったけどまだマサが作業をしているからレンには悪いけど、俺は傍を離れない。
魔法を使うようにくるくるよく働くマサの手。
ああ、いいな。
すごくいいな、この手が好きだな。
「真斗がお嫁さんだったらいいなぁ」
じーっと見ていたら自然に言葉になっていた。
「そうか、だが家を継がねばならんのでな婿養子に来てくれるか」
「イッキにはどっちかっていうと子供の方が合ってるんじゃない」
「口をはさむな神宮寺」
「もうやだこいつ俺に厳しすぎる」
「マサがお母さんかーそしたらレンはおとう…うーん、お兄ちゃん?」
「いいね!」
「いいもんか、お前みたいな息子を持ってみろ。毎日怒鳴って大変じゃないか」
「でもにぎやかで楽しそうじゃない?」
出来たよ、とレンが言う。用意されたものにマサがよそっていく。俺はその上にねぎを散らしたり鰹節を盛ったりして、出来上がったのはひとつの食卓。



まな板の音がとんとんとん、しゃーという水の音、ことことなる鍋の音。漂ってくるおいしい匂い。
みんなが席に揃ったら、手を合わせて。





(くるくる動く細い指を、いつかどこかで見ていた気がする。)