お気に入りのクッションの上でお気に入りの歌を聞く、それは学生時代から変わらない至福の時だった。
一方音也と背中合わせで座っているトキヤはなんだか難しい本を読んでいる。
会話はないのものの決して気まずくはない穏やかに流れる時間を
先に止めたのは音也だった。


「トキヤって案外恋愛体質だよね」


いきなりそう言って、寄りかかってきたのでトキヤはページを捲る手を止める。


「何かも捨てて抱きたいとか、ジェラシー!とかさぁ、いつものトキヤじゃ想像つかないよ」


(…私の歌を聞いてたんですか。)


何も本人がいるところでしかも感想など言わなくてもいいのにと触れている背中の温度が一気に上がった気がしたが、トキヤの心中をもちろん察することなく音也は続ける。

「愛とか言っちゃうんだもんね」

表情が見えないのでどういう思いで口にしたのかはわからない。
ラブソングなのだから当たり前でしょう、どうせ深い意味なんかないですよね、色々な返答を考えて
トキヤは違う選択肢をとった。


「えっ、わ、危ないじゃんトキヤ!」
「貴方が望むなら」

背凭れを失った音也が体勢を崩して倒れそうになる。
ヘッドホンが床に落ちてカシャンと音をたてた。
座り直して文句を言おうとするとトキヤが真正面にかしずいて
演技がかった動作で顎をとり親指で音也の唇をなぞった。

映画みたい。

目の前の光景にほぅと息をはけばその隙間に入り込んで爪と歯とが軽くあたる。

「貴方が望むなら。
『吐息さえも全部』奪って差し上げますよ。
それとも『唇だけで』?」




 「…っ、ぷはっなにそれ!」

あはははは。軽快な笑い声が雰囲気を一変させる。
トキヤも、先程までの行き過ぎた真剣な表情を崩して降参とばかり両手をひらひらとさせた。
「たまには恋人扱いでもしようかと。最近かまってあげられなかったでしょう」
「恋人?っていうよりお姫様だったよあれは」

ツボに入ってしまったらしく腹を抱える音也の、
両耳が珍しく出ていることを可愛いなどと思いながら落ち着くのを待った。
薄く涙が出てきたところで満足したらしいが、まだ呼吸は浅い。

「あー、…でも、どうせなら手を繋ぎたいな」

音也は床に無造作におかれたトキヤの手につんつんとちょっかいをかけて、トキヤは音也の言葉通りに絡めた。もう何度も重ねたせいか今ではもとからひとつだったようにお互いが馴染む。
誘い文句、ともとれた。試しているとしたらそんな覚悟は今更だった。
知らないとは言わせない。


「どこへ帰るつもりですか?」
「そりゃあ光指す明日だよね。トキヤと、毎日。
昔はそういうの、永遠とか怖かったけど、一緒の明日を繰り返していきたいって思うんだ」
「…望むところです」

もっと深く触れ合いたいのに手を離したくない。トキヤがもどかしさから力を込めると同じ力が返ってくる。


「トキヤへんなかお、してる」

赤い瞳に映る表情は甘く溶けていて、しかし単純に笑みとは言えなかった。
どうしようもなく幸福なのに泣いてしまいたい。日頃から感情が筒抜けなくせに機微に疎い音也にも、今はトキヤの感じていることが容易に伝わって余計に胸をつまらせる。

つまり、そう、幸福で、泣いてしまいたい。

「…音也、あなたもですよ」


トキヤは咳払いひとつ漏らして、手をつなげたままゆっくりと近づく、直前まで見つめ合って静かに目を閉じる
薄い皮膚は少し震えていた。
それは幼い衝動のまま、初めて重ねた日に似て。





(誓いのキスと他愛ない、100年先の約束)





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遠回しなプロポーズ。
「吐息さえも全部が欲しい」「感じたジェラシー」「何もかも捨てて」 「唇だけで確かめて」:ビリーブ
「愛と呼べるくらい」:七色
「やっぱり手をつなぎ帰ろうか」
「この笑顔知る人は君しかいない。100年先も」:まいりとるりとる