大泣きした子供がそうであるように、音也もあれから自室に戻りベッドに倒れ込んで早々意識を手放した。
目が覚めるといつのまにか日付が変わっている。
まだ眠い目をこすって携帯に手を伸ばした。
いくらなんでも泣きすぎたように思う。目も腫れているし、これでは心配されてしまう。
誰に?と自問自答して失笑する。変な話だ、これから自分がしようとしていることも。


通話ボタンを押すと数度のコールの後愛しい人に良く似た声が応えをよこした。
「…音也?」
「ごめんトキヤ、寝てた?」
「いえ、大丈夫です」


よく似た人は同じように優しい嘘をつく、声を聴けばわかるのに。
それでも音也の中でトキヤとHAYATOが同じであったことは一度もなかった。


「都合いいかなって思ったりもしたんだけど
トキヤ以外に話聞いてくれる人思いつかなくてさ」
「はぁ、どうしたんです?」
「…失恋しちゃった」


トキヤはHAYATOとは別の意味で大切な人だった。
だから誰かに聞いてほしいと思ったとき音也にはトキヤ以外の選択肢は思い浮かばなかった。
傍からみれば滑稽かもしれないけれど。

「……そういう話は私より」
「ううん、トキヤがいいんだ、聞いてくれる?」

仕方ないですねとため息交じりに了承してくれる。


それから誰とは明かさずに、音也は今日にいたるまでの出来事を思いつくままに語った。
初めて自覚をした日のこと、嬉しかった出来事、汚い感情を抱いてしまったこと、その度にトキヤは相槌を打って
音也はさらに話を進めた。

今でも好きなんだ、というところまで来て一端会話を切った。
深呼吸して慎重に言葉を選ぶ。「トキヤ」に全てを明かすわけにはいかないのだから。

「―その人さ、演技がすごく上手いっていうか、こう、つかみがたい人なんだよね。
だけど抱きしめてくれた時は確かにそこにその人がいたんだよ。間違いなくその人だったんだよ。
トキヤ、わかる?」
「…わかりますよ、貴方がそう感じたならそうだったんでしょう」
「えへへ、そう言ってくれると安心するな」
「それは…いえ、」
「トキヤがトキヤだからだよ」

私がHAYATOだからですか、と言わないでも聞こえた。
でも違う。トキヤがHAYATOだからトキヤの言葉を信じるんじゃなくて、トキヤが俺にとって大切な友人だから言葉に意味があるんだ。
甘えてしまってるなと思う。
HAYATOとトキヤの両方を失いたくない自分に
まるで世界に本当に二人がいるみたいに知らないふりをしていてくれる。


「ごめんね」
「…何の話です」
「遅くまで付き合わせちゃったから」
「今さらでしょう。昔からあなたには手を焼いています」
「ひどいなぁ、俺だって成長したんだよ」
「そういうことにしておきましょう」


ごめんねトキヤ、ありがとう。


「トキヤっていい奴だよね」
「おだてても何も出ませんよ」
「…俺の言ったこと覚えていてね」
「ええ、あなたが忘れても」




どこにもいない貴方に寄せる、この絶望的な片想い。
(だけどあの時俺を見て俺に触れた瞬間だけは、確かにそこにいたんだよ)