音也の携帯には沢山の写真が入っている。
プロフィールには一人ひとり顔写真付きで、それらが全てデフォルト設定のままのトキヤからしたら、この人は何でほかのことはすべて大雑把なのに、そんなところだけまめなのか、どうせならもっと建設な方向にまめになればいいのに、と思ってしまう。

「トキヤー見て見てこれ那月からなんだけど、新作チョコケーキだって」
「これは…翔は食べたんでしょうか?」
「食べたいみたい。ほら、こっちは那月がとった翔の写真。…大丈夫かなぁ」

音也側のスペースにある赤いソファで明日授業で練習のある台本をめくっていたら、後ろから携帯を片手に音也がやってきてトキヤの横に座る。少々乱暴に腰を下ろしたために底が上下した。
覗きこむと、そこには顔を土色にして今にも死にそうな翔の姿。
メールには「翔ちゃんも喜んでいるみたいです!」と書かれてあるが、いつもの通り、そうは見えなかった。
カチカチと携帯を操作して「保存」ボタンを押す音也を横目で見ながら、ふとそのフォルダにはどんなものがあるのか気になってほかの写真も見せて頂けますか、と言えば大型犬がわふ!と主人に応えるように大きく頷いた。


「那月の料理の写真は結構多いんだよね、これはレンが味見してるところ。こっちはグループ活動の時に友千香が撮ってくれたやつ、あ、七海のもあるよ。ほら、」
そこには見慣れた制服、見慣れた顔ぶれがそろっていた。もちろんSクラスであるトキヤには知らない生徒もいるが、そのどれもが自然な表情していて仲の良さが窺える。


少し前の自分なら、デビューをかけたこの学校で友人ごっこなど、と言っただろう。
しかし友人どころか同室の男と恋人にまでなってしまった今はただ微笑ましい。
「この時のマサかっこよかったなぁ。これはトキヤも覚えてる?Sクラスと合同の授業した時の」
「ええ、写真なんかとらないで下さいと言ったのに」
「いいじゃん記念だよ!」
写真の表示に合わせて音也が語る学園での日々は驚きと喜びに溢れているようだった
「…彼らは?見慣れない制服ですね」
「中学んの時の友達、偶然街で会ったんだよ。俺地元こっちだしね」
そこから何枚かは彼らの写真だった。ブレザーではなく学ランを着ている。
音也の中学校はどちらの制服だったのだろう。
「音也の写真はないのですか?」
「俺!?うーん、誰かに撮ってもらったのはあるけど自分では撮らないし、っていうか普通ないよ!」

ボタンを早めに押して画面を切り替えながら探す。その中にはたくさんの笑顔が記録されているのに、音也の姿はない。それは携帯の持ち主が音也である以上当然のことだから、ではアルバムでもいいのですが、と言おうとして寸前で思い至った。音也には音也だけを見て、記録に残すひとはもういないのだ。彼は育ての親の顔も覚えていないと言っていたから写真があるとしてもそれはずっと幼いころのものだろう。

「音也、写真撮りませんか」
「えっほんと?!トキヤとらせてくれるの?!」
「違いますよ、一緒に撮ろうと言ってるんです」

ほら、と音也の手から赤い携帯を奪い、写真の枠にきちんと二人が収まるよう引き寄せてカメラ機能を探る。幸い自身のものとあまりボタンの配置は変わらずすぐに目当ての画面にたどり着いた。
「とりますよ」
「えっ」
軽快な音を立てて一枚の静止画が保存される。
「ちゃんとカメラ見てください、もう一枚」
「ちょ、トキヤ!?」
次の一枚は、一応音也も顔をあげて映っているもののぎこちない。
「笑ってください」
「無理だよ!意味わかんないよ!じゃあトキヤも笑えよー!
全部仏頂面だし…これ俺だけ笑ったら変な写真になるだろ。」
「・・・」
「俺が撮る!はいチーズ!」
トキヤから奪い貸して、今度は音也がシャッターを切る。
「あ、ぶれてる。あとトキヤ笑ってない!」


もう一枚、もう一枚と、記録が増えていく。
撮ろうと提案したくせに澄ました顔で映ろうとするトキヤにHAYATOならいつもうるさいくらい笑顔なのに、と口をとがらせれば次の一枚は驚くほど笑顔のHAYATOがいた。その変わり身の早さがおかしくて声を立てて笑うとトキヤが勝手にシャッターを切る。
音也のフォルダにはもう何枚も、音也とトキヤが続いている。会話さえ聞こえそうなほど。


「これずっげぇいい!俺トキヤのふわって笑う顔好き」

その中の一枚のトキヤはカメラではなく音也を見つめて目を細めていた。
この人はすごく優しい笑みをつくる、それを知っている人はどれだけいるだろう。
(たぶんいちばん俺が知ってる!)

「さすがに撮りすぎたね、今日。目をつぶってるのもあるよー。これなんかトキヤ変な顔!アイドル形無し!どれかみんなに送ろっかなぁ。トキヤはどれがいいと思う?」

ぱしゃり。


意見を聞こうと隣のトキヤを見たら、目があったのは本人ではなくて向けれられた携帯だった。
それから、耳に届く今日一日だけで聞きなれてしまったシャッター音。
「え、とった?えっ」
「ふふ、すごく間の抜けた顔です」
「不意打ちは卑怯だよ!とるならさ、撮るって言ってよ」
「おや?撮ってもいいんですか?」
「それいまさらだし、うーん、なんか俺の写真がトキヤの携帯にあるんだった思ったら嬉しいじゃん。たまに見てかわいがってね?」
「何を言ってるんですか、馬鹿音也」
「馬鹿って言っても、照れてるの、俺わかってるから」

天真爛漫な元気印の笑顔も好きだけれど、えへへーとくっついてくる、信頼して安心しきった顔がたまらなく好きだとトキヤは音也の様には言えない。ただ想いをこめて随分と優しく、その頭を撫でた。




「ではいきますよ、1000%の元気で」
「ピースサイン!」




『A happy day』 -photo by Tokiya