*アニメ軸



HAYATOのことを話してしまえば肩の荷が下りて、思いのほか黙っているというのは負担だったのだと気が付いた。最後まで首を縦に振らなかったレンも、わかっていてのことだろう、彼は面倒見がいいのだ。

「…黙っていますね。怒っているのですか」
図りかねているのは同室の男の方だった。いつもよりずっと静かで行儀のいい音也はトキヤの問いかけに気付くと顔を上げて、向かい側のベッドからトキヤの方へ近づいてくる。
「怒ってないよ、言葉を探してた」
「私に対する、ですか」
「うん、なんて言ったらいいのかなって」
「考えるだけ無駄でしょう、貴方は感覚で生きてますから」
「あは、やっぱそうかな、じゃあ感覚で喋るけど、トキヤちゃんと聞いてね」

音也はトキヤの隣に腰を下ろして話し始める。ぽつぽつと語りだされるそれは普段の騒がしさとは全く違っていて歌を聴いているようだ。アップテンポな曲ばかり歌っている印象だが案外バラードも向いている、声質は柔らかいのだから。

「おっさんの「愛故に」をさ、子供のころからずっと聞いてて、救われたこともあるし、どうしようもなく泣けてきたこともある。それは母さんが大好きで、俺も好きになったんだよね。で、それとは違うけど、HAYATOもおんなじだったんだ。HAYATOの歌も好きだった。でもそれ以上にHAYATOが好きだった。HAYATOってさ、「もうこれ絶対怒るだろ」とか「泣いちゃうんじゃないの」って時にも絶対笑ってるんだよ。俺それを見てこいつすごいな、かっこいいな、頑張れって応援しながら、元気もらってたんだ」
「…プロですから」
「トキヤは自分に厳しいよね、素直に受けとったらいいのに。だからなんていうのかな、ずっと憧れだった。それがトキヤだったって知って、なおさら、ものすごい努力の上にHAYATOがいたんだなって、思ったら、」

ふいに言葉を切って、肩に寄りかかってきた音也はぐりぐりと頭を押し付けてマーキングのような行動をとった後、トキヤの頭を抱え込むようにして抱き着いてきた。すぐ近くで聞こえる心音に耳を傾ける、伝わる体温が心地良い。

「ありがとう、俺の太陽でいてくれて」

「それはHAYATOにですか」
「そうだけど、トキヤにも。だってHAYATOはトキヤなんでしょ。頑張ってたトキヤが俺の憧れなんだ」
太陽なんて、とトキヤは思う。
それは自分が音也に抱く印象だった。

「惚れ直したって言ったら変だけど今日もっともっと好きになったよ」

トキヤの長めの前髪をそっと指でかき分け音也の唇が触れ、ちゅ、っとかわいらしい音がして額に温度を感じた。そのまま近づいてきた彼は瞼に一つずつ、最後に唇だけで鼻先にやわくかみつく。

「ありがとう」



誰かを励ましたかった一番初めの夢、方法は自分が望むものとは離れていってしまったけれど悩みながら精一杯だった日々が、膝を抱える彼を支えて導いたとするならそんな幸福なことはないと思った。奇跡の様だとも。笑いたくて笑っていたわけではない、逃げたくなる身体を叱咤して舞台に立った、そんなすべてが無駄ではなかったのだと。

「ときやぁなくなよー」
「泣いてません」

胸が熱くなって視界が不明瞭になる。まさかこの男に泣かされる日が来るなど一体誰が予想できただろう。

「ないてる」
「ないてません」
「俺さ、HAYATOにもトキヤにも負けないように頑張るよ。トキヤみたいに誰かの太陽になりたい」

背中を優しくさする掌を感じて嗚咽を堪えられなくなれば笑いながら、音也はこれでもかというほどキスを降らせた。

半歩でも前を歩いて彼の憧れるままでありたい。同じスタートラインから駆け出すことの決まった今日新たな決意を抱いて、まるで子供をあやすように歌いだした彼に寄り添った。