宣戦布告撮りが終わってからのトキヤの入れ込みはすごかった。鬼気迫る形相で何度も台本を確認してああでもないこうでもないと形を作っていく。もちろん付き合わされた俺はものすごい数のダメ出しを受けつつ、その努力家なところがやっぱり好きで、俺の彼氏はかっこいいなぁなんて浮ついた思いを抱いた瞬間に「いいですか、今の貴方は私の恋人でもなんでもないですから」と両断された時はいろんな意味で涙目になった。

そういう経緯もあってやる気に満ち溢れたトキヤはスタートの声がかかる前からだいぶ「恋のライバル」の顔になっている。舞台は変わらず放課後の学校の階段。向けられる視線は厳しい。

「三人とも準備はいいかな、始めるよ!…スタート!」

この声で、俺たちは一人の女の子を取り合うライバルになる。


「あのっ、時也君」
彼女は弁解をしようと口を開いた。それが気に入らない。せっかく腕の中にいるのに彼女の思考が彼に向かうのがオトヤはどうしても嫌で、余計力を入れて抱きしめてしまう。それを見た時也の瞳の奥で、怒りが深くなる。
「どういうつもりですか?」
「どういうつもりもないよ。お前に何も言われたくない」
「離しなさい」
「嫌だ」
「あの、オトヤくん…?」
「黙って」

どくどくとはやる彼女の鼓動が聞こえてくる。オトヤは牽制をしているけれど、おびえてもいる。階段によって出来上がった段差で見上げる形にもかかわらず時也は揺らがない。まっすぐに見つめる瞳、自分と違って冷静的な声、もし彼女がそれらを選んだら?

「――っ?!」

伸びてきた手が彼女を掴んで奪う。転びそうになった華奢な身体を抱きすくめて支えた。俺はさっきまであったぬくもりが離れてしまったことに苛立って、唇を噛んだ。
屋上へと続く階段の踊り場に作られた窓、時也の後ろの方から沈みかけた茜色が射す。返してと手を伸ばし掛けた先で時也が口を開いた。

「彼女は渡しません」

絶対に。

突き刺すような瞳が美しくて、もたらされた声に身体を震わせる。



「いい演技でしたね?」
時也からトキヤに戻ってそう言う彼はわかっているのか、いないのか。あのシーンはあれで「よかったよ音也くん!」という風になってしまったけれど圧倒的な敗北に頭を抱えた。
息をのんで一度瞬きをして、そうしてあ、セリフ!と思ったときには遅く、台詞が続くはずの場面で何も言えなかった。それを「ショックのあまり」「怒りのあまり」言葉の出てこなかったと周囲には取られたらしい。

「貴方が私の演技に引きずられたというなら、それは役者として光栄なことです」
ニヤリと口角を上げた。こういう笑い方をするってことは、全部お見通しなんだろう。
つまり俺はあの一瞬でオトヤからただの音也に戻り怒りを示すトキヤの…かっこよさ?にぐらついてしまった。決して声をあらげない、高ぶらないまま、絶対的な存在で相手を黙らせる、悔しい。

「…おれってどんだけトキヤがすきなのってきもち」
まだ騒がしいスタッフの声に紛れてトキヤだけに届くようにボリュームをしぼる。一瞬眉根を寄せた彼も誰にも聞こえてないとわかると、最中に俺をいじめるときみたいな悪い顔をしてそっと距離を詰めてきた。耳元でささやかれる、とこれに弱い俺はぞくりと背中を電流がはしった。トキヤは声を絞ると息がえろい。かかってこいと言ったのは俺だけど、敵を見くびっていたかなぁ。相手は一ノ瀬トキヤ、才能と努力、向上心の塊だ。

「ご満足いただけましたか、ダーリン?」

妙にやらしくつくった声と息を一緒くたに耳に吹きかけられる。
「――っトキヤの馬鹿!」

だめだこんなの。突然立ち上がり大股で歩きだす俺の後ろで吹き出すような声が聞こえた。「飲み物買ってきます」とかなんとかちゃっかり理由をつけてついてくる足音を聞きながら憮然と大股で進む。
どうせ、どうせ俺はトキヤに弱い。
真剣に見つめられたらいつだって心臓が変な動きをするようにできてる。なってしまった。トキヤのせいで。

「…恰好よすぎるなんて、勘弁してよ」
思い出して頬に集まってくる熱に今は完全降伏、そして俺は白旗をあげる。