*リピ、CD、公式(旧)ブログ、ファンブック設定混合




音也がまだ、テレビの中で動く人たちが同じ人間とわかっていても、現実味を帯びていなかったころ。その手の雑誌はクラスでよくある話題の一つだった。ひとかけらの真実と、水増しされた嘘でできているだろうゴシップを、プライベートをさらされるなんて大変だなと思ったものだ。

『あの人気アイドルに暗い過去』

…隠してきたわけではないし。というのが率直な感想だった。その雑誌には音也に両親がいないことや施設で育ってきたことなどが同情を誘うような書き方をされていた。捨てられた子供ともとられかねない構成のそれは音也のファンならば知り得る情報でまったくの嘘は書かれていなかったが、真実でもない。この程度だから出版できたのだ。もし虚偽の記事ならば自分の事務所が止めているだろう。

「笑顔の裏に隠された、かぁ」


可哀そうな子供に見えるのだろうか、今でも?
ただそれだけを思って、音也は薄っぺらい雑誌をゴミ箱へと捨ててしまった。




「はい、では次のお便りはラジオネームおんぷくん、さん!おんぷくんだって、俺の書いたやつ見てくれてるのかな?ありがとー!」
「よかったな音也!『翔君音君こんにちは』こんにちはー!」
お馴染みのラジオの収録だった。同い年で同じようにサッカーが好きで、学園のころから仲の良かった翔がパーソナリティを務めるこのラジオには、音也も何度かゲストとして登場していた。本来は真斗もレギュラーなのだが、諸事情で都合がつかず期間限定週間ということで、ここしばらく音也と翔の二人が担当している。
「…んだけど、翔はどっち?」
「俺は先に食べるほう。音也は好きなものをって言うより嫌いなものを残し過ぎ。ピーマンとか」
「だって苦いんだもん。うわ、こんなこと言ってたらまたトキヤに怒られる!」
誰に何と言われても子供のころから苦手なあの緑の食べ物はいまだに天敵だった。赤や黄色のパプリカは形が似ていても甘いのに、あの譲らない苦味はなんなんだろう。これだけ細かく切ったら食べられるでしょうと、小さく刻んでいたトキヤを思い出す。音也も譲らないが、トキヤもしつこい。ピーマンを食べられようが食べられまいが、トキヤが摂取する栄養には何ら関係がないというのに貴方のためですよと母親のような言葉を言いながら、着々とピーマン料理のレパートリーを増やしている。
「おーい音也、腑抜けた顔してんぞ」
「思い出し笑いって言ってよ翔」
面白い絵(と彼は認めないが)で描かれたお手製レシピを今度見せてやろう。翔だってこの気持ちが分かるはずだ。
「んじゃ次な、『翔君音君こんにちはーいつも楽しく聞いてます』こんにちはーいつもありがとな!『突然ですが音君の笑顔が大好きです!みていると元気が出ます』だって!」
「ありがとう!俺、好きな言葉も笑顔なんだ。俺のできることでみんなが笑顔になってくれたらサイッコーに嬉しい!」



あ、と思った。

意識して出したフレーズではない。
それなのに引き金になって、口にした瞬間すっと冷たいものが思考をよぎる。
「…音也?」
違和感を拾って翔が小さく名前を呼ぶ。マイクに拾われないよう頭を振って大丈夫を示してから、翔の前ではしたことのない笑い方を浮かべた。それは心から出たものでなくつくろうための表情で、演技の上手いトキヤなら出来たかもしれないけれど音也には無理だった。余計に探るような目をさせてしまう。けれども仕事中ということを心得ている翔はそれ以上追及せずに表面上は変わりなく、次の手紙を読み上げた。ぐるぐると回るのは雑誌に書かれてあった言葉だ。くだらない、気にしてない。今は考えちゃいけない。
声だけだってこっちの雰囲気が伝わるんだ。笑え。


「…なぁどうしたんだよ?」
収録が終わってから案の定翔が尋ねる。いつでもまっすぐに人を見つめる瞳の強さに、今だけは向けないでほしいと思いながら避けるように大げさな動作で横掛けのバックを持ち早足で翔の前を歩く。一本道の廊下では人とすれ違う回数も多かったが、挨拶をするだけで顔を向けることができない。いつものようには、笑える気がしなかったから。

(ごめん、翔。おれもよくわかんないや)

あの記事が世の中に出てから何度か話題に上ったし、今日だって内容を尋ねるお便りが来ていたけど、まったく気にしてないのに。そりゃ母さんも父さんも、本当の両親だっていたほうがよかったけど、望んだってしかたないものに縋りつくような生き方はしてこなかった。こだわる自分の方がわからない。
「なんかあったら、相談しろよ」
ぐーをつくって背中をこつんとたたく。
こんなふうに優しい友人もいる。幸せなんだ。

『笑顔の裏に』何があるというんだろう。笑いたいから笑ってるだけだ。
「へんなの…」
きゅっと胸のあたりを掴んで言葉が漏れた。

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