*HAYATOとトキヤ。分裂はしてません。



何もない真っ白な空間に見慣れた衣装を着てHAYATOが立っていた。
ただじっとこちらを見ている彼は、HAYATOであるはずなのに表情はなぜか自分に近い。
彼が自分と別に存在するわけがないので、すぐに夢だと気が付いた。


「文句を言いに来たんですか、貴方から逃げる私に」


今日自分は事務所を正式にやめた。
契約が移るだけでなくトキヤがデビューするということは、HAYATOがいなくなることを示している。

だから化けて出たのだろうか、いや…自分で作った人格とはいえ、彼はそんな風に誰かを恨む人ではないし、
そもそも自分は彼から逃げてやめるのではないのにと思わないでもなかったが
夢の中だったのでまぁいいかと溜息ひとつで結論付ける。


トキヤに向けて、HAYATOは幼い子に静かにねというように口に人差し指を当ててウインクを寄越した。
HAYATOらしい仕草だ。


ということは、恨んでいるというわけでもなさそうですね。


彼の指示に従って、それでも真意が知りたくて無言で見つめると目があった。自分と同じ瞳の色をしている。
雑誌やテレビを媒体にせず彼を見るのは(当たり前だが)初めてである。
全く同じ身長に構成要素、にもかかわらず己とは違う存在に見えるのは自画自賛だろうか、
とにかくそこにはHAYATOがいた。

瞳が細められて口が弧を描く。
と、すぐに歌が流れてきた。

聞き覚えのある曲だなと記憶をたどる。


(ああ、デビュー曲ですね)

初めての歌の仕事、とても嬉しかったことを覚えている。自分がやりたかった仕事をようやくもらって
朝も夜もなく繰り返し聞いては練習をした。発売したCDは事務所から送られてくるのに、購入もしたはずだ。
夢が叶ったのだと、これからも歌い続けていくのだと夢みていたはずが色々なものをたがえて今日に至った。


音源として聞こえていたはずの歌はいつのまにかHAYATOの口から紡ぎ出されている。


(さよならを言いに来たんですか)


気持ちよさそうに歌うHAYATOを見ているとこれが正解に思えた。
確かに長く共にいた。

一曲が終わるとHAYATOは小さく手を振った。
それじゃあね。

聞こえたのでトキヤも手を振りかえす。
ええ、さようなら。


HAYATOはくるりと背を向けて一歩ずつ遠ざかる。
トキヤは何故か、彼が行こうとしている先が楽屋のような気がした。
彼は舞台を降りてそこへ向かおうとしている。
少し歩いたところでHAYATOは振り返って今度は腕からぶんぶんと振った。
その様は同室の誰かさんに似ていて子供っぽくて、
ああずっと彼を兄だと言っていたけれど実際にこんな兄がいたら自分はもっと苦労していただろうとトキヤは苦笑した。
ぱくぱくと動く口が何を言っているのかは、もう遠くてわからない。


いいからちゃんと歩きなさい。


ジェスチャーだけで先を促すと(おそらくは微笑んで)彼は大げさにお辞儀をした。
右手と頭を下して、さぁこれで終わりだよ、と言うように。



白い世界がHAYATOを包んでいく。そろそろ朝が来るんだろう、HAYATOのいない、トキヤだけの毎日が始まる。




(そういえば、お疲れさまと言い忘れましたね)