* 両片思い



「マサー!いるー?」
ノックもなくばたーんと開けられたドアから現れた人物を捉えて、レンはめくっていたファッション誌を置いた。掛け声が「レン」だったり「マサ」だったり、「聞いて」だったり「助けて」だったり、バリエーションがあるもののこの部屋に訪れる音也の登場の仕方はだいたいこれだった。勢いよく開けられる扉を見るたびに彼が来たな、と実感してしまう。
「聖川なら可愛い可愛い妹ちゃんとの逢瀬で今日は帰ってくるのは遅いようだよ」
「そっかー。うーん・・・」
「急ぎの用かい?」
「ううん、大丈夫、あ、でも明日また来るよ。レンは何してんの?」
「これといって何も、かな」
「じゃあ俺いてもいい?」
「どうぞ?」
 
レンといる時、音也はそう煩くはなかった。
彼の同室であるトキヤはことあるごとに静かにしてほしいと愚痴をこぼすけれど。
無言でいることも多い、しかしそれを苦痛だと思ったことはなく、レディを前にしたように機嫌を損ねてはいけないだとか考えたこともないから、居心地がいい。
今も貸してやったダーツを片手に一人でボードに向かっている。聞こえるのはダーツの刺さる音と的を大きく外したときに独り言が少し漏れるくらいだった。そんな後姿を眺めながらふと思い出す。
「俺の彼女になりたいんだって、本当?」
「ええええ」
がっ、と大幅に投げそこなったダーツがあやうく壁に穴をあけるところだった。
「なん、・・・・あっトキヤ?トキヤが言ってた?!」
「そうそう、この前の収録の話をしていた時にね。イッチーは相当疲れたみたいだけど」
「すっごく面白かったよ!じゃなくて、あれはもし女の子だったら誰と付き合いたかっていう、やつで、」
刺さっているダーツと、床に落ちてしまったのを拾ってレンのいる無駄に(というのは真斗でレンにしてみたらこのくらいのサイズはあってしかるべき)広いサイズのベッドは、音也が乗り上げてきてもまったく窮屈にはならなかった。



 
前の収録、というのは音也がトキヤにしたインタビューのことだ。
トキヤへの質問の流れで、「もし自分が女の子だったらレンがいい」と確かに言った。けれどまさか本人に知られてしまうなんて、と思う。
もちろん後々公にされる類のものではあるし例えば記事になったそれをレンが読んだとしても構わない。
ただ直接言われてしまうのはまた別問題だった。

誰にも言ったことはないけれどいつからか、そういう意味でレンに惹かれている自分がいる。二人でいる時間が増えるうち、レンももしかしたらそうかもしれないと少しだけ期待をしてもいた。
けれど告白をして付き合ったり、もしくは振られたり、そんな風に関係が変わるよりもただ静かに傍にいる方がずっと心地が良いように思えて、なんとなく曖昧なままにしているのだ。
「でも、そうだね、イッキが女の子だったらぜひお願いしたいね」
「・・・・やだよ、だってレンすぐほかの女の子のとこいっちゃいそうだし、大変そう」
近くで覗き込んでも彼がどういう意図で話しているのかはわからなかった。おまけにウインクまでされてしまう。「女の子だったら」なんてありえない話だから深い意味はないのかもしれない。
「ひどい言われようだね。ひとりひとりのレディには真剣だよ?」
「知ってるけどさぁ」
「大切にするよ。俺好みに着飾ってエスコートして、世界一のお姫様にしてあげる」
「薔薇園買ってくれるの?」
「君が望むなら、さ」
空みたいな青い色の瞳に吸い込まれそうになる。女の子、だったら。こうして見つめて唇を重ねてくれるのだろうか。
「でもきっと俺、レンのこと好きな子にとらないでって怒られちゃうね」
「イッキならみんな納得してくれると思うよ」
「どうだろ」
「かわいくて、良い子で、やさしくて、強いからさ。それに何を言われても俺にはイッキしか見えてないからね」
「…俺を口説いたって仕方ないよ、レン」
曖昧なままでいいと逃げているのに欲が出るから不思議だ。女の子の俺にするようなレンのプレゼントはいらないけどそこにいてくれたらいいなと思う。何もしゃべらなくても寄り添って時々キスをして、彼の手が俺に触れて俺も彼に触れてもいい権利を得る。
えっちも、してみたい。
そんなことを考えていたから触れてきたレンにびくりと反応してしまう。
それは俺が握ったまんまだったダーツにたどり着いて明け渡すとせっかく近くにいたのにボード前へと行ってしまった。投げられたダーツはまるでそこにしかいかないって決まっているように中央へ。
「だから、イッキが女の子だったらって話だろう?」
「うん、そうだね」

笑ってごまかして今のままがいいからとまた逃げる。
(俺が男の子でも恋人にしてくれる?)
なんて、たぶん一生言わない。